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2017年2月28日 (火)

ガタガタでボロボロ

 きのうはアルバイトの手配都合で休み。二日休むと調子がおかしい。そのせいでもないだろうが、今朝出勤の途中いつもの店で朝食を食べていると前歯が欠けた。先週はその二つ隣の歯も半分欠けその下の歯の詰めた金属が取れた。ガンだけではない、我が身はガタガタでボロボロなのだ。
 それはともかく、朝刊にはアカデミー賞に関するコラム。米国らしいスピーチを紹介している。あの国の映画産業にはアカショウビンも一目置いている。先日少し感想を書いた『死刑台のメロディー』の法廷シーンは現在の米国の政治状況と映画文化とも関連する。もう少し詳細に書いておきたい。それと、松方弘樹の追悼をかねて書いた記事で誤りがあるのでここで修正させて頂く。松方の台詞の相手は菅原文太ではなく金子信雄だった。『仁義なき戦い』のあとシリーズの他作品も続けて観直している。この迫力は時に疎ましくもなるが映画表現であの時代の空気が反映されているのは間違いない。映画はそういう効果と機能をもつ表現媒体なのは改めて言うまでもないだろう。であれば、今年の米国アカデミー賞作品にも今の時代が反映されている。いずれ劇場でそれを確認してみよう。

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2017年2月23日 (木)

三氏の追悼

 鈴木清順の訃報を今朝の朝刊で知る。93歳とは大往生か。記事では2005年の『オペレッタ狸御殿』が遺作となった由。もう一作観たかった。『けんかえれじい』(1966 年)は痛快な作品だった。主役の高橋英樹が勃起したイチモツでマドンナのピアノの鍵盤を叩くシーン(もちろん直接的に描くわけではないが)には大笑いした。日活を解雇され裁判闘争のあいだ10年間はテレビドラマやCMで凌いでいたらしい。そのあとの『ツィゴイネルワイゼン』(1980年)、『陽炎座』(1981年)は鮮烈な監督復帰作だった。レンタルショップにはあるだろうか。きょうアルバイトの帰りに探してみよう。
 その記事の下には“最高齢の現役指揮者”の見出しでスタニスラフ・スクロバチェフスキの訃報も報じられている。21日に米国ミネアポリスの病院で亡くなられたらしい。鈴木清順と同じ93歳。氏は日本ではブルックナー指揮者として名を馳せた。日本のオーケストラもよく指揮していた。一度ライブ演奏を聴きたかった指揮者の一人だ。いくつか購入したCDを聴き追悼したい。
 もう一人は棋士の関根茂九段。87歳で老衰のためと記事にはある。S・スクロバチェフスキ氏の死因は記載されていないが鈴木清順は慢性閉塞性肺疾患としるされている。関根九段は一流棋士というわけではないが夫人も女流棋士六段でおしどり夫婦だった。将棋を介した御縁でお幸せな人生と拝察する。

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2017年2月21日 (火)

移民への仕打ち

 現在の米国が記憶をたぐりよせたほうがよい歴史を映画作品で想い起こすと『死刑台のメロディ』(1971年 ジュリアーノ・モンタルド監督 イタリア・フランス合作)がある。特に物語は辿らない。レンタルショップで借りられる。アカショウビンも先日借りてきて何年ぶりかで観直した。無実の罪で死刑にされたイタリア移民、ニコラ・サッコとバルトロメオ・ヴァンゼッティの実話が映画化された作品だ。裁判での遣り取りのシーンが白眉である。

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2017年2月 2日 (木)

オリバー・ストーン監督の最新作

  オリバー・ストーン監督の最新作『スノーデン』を観てきた。米国の新大統領に振り回される私たち日本人や当の米国始め諸外国など「世界」が、どういう現状にあり、どういう現実と現在にあるかに暫し考える時を与えてくれる快作に仕上がっている。公開から間もないとはいえ新宿の劇場が満席というのも驚いた。
 取り合えず簡単に感想を書いておこう。
 2時間以上の長尺だが先ず冒頭のスノーデン氏がCIAに職を得る前に在籍していた海兵隊でのシーンがスタンリー・キューブリックの秀作『フルメタル・ジャケット』のパクリ(オマージュではあろうが)であることが面白く、この作品にかける監督の意欲と才覚を改めて納得した。それからCIAにめでたく採用されてからの経緯も現代の情報産業、情報戦争の最先端を活写し刺激された。ベトナム戦争を兵士として経験した監督の、米国という覇権国家の過去と現在とアジアはじめ諸外国との関わりの過去と現在は、その後の監督の映像作品を観て一貫する問題意識となっている。それが本作でも現在の社会と鋭く交錯し切り結ばれていることが確認できた。それには何より脚本でその名を世界に知らしめた『ミッドナイト・エクスプレス』(1978年 アラン・パーカー監督)を観直さなければならない。そのあとの『プラトーン』など一連の作品より本作は『ミッドナイト~』と密接に呼応していると思うからだ。それは一人の国民が国家と濃密に関わる関係の特異性と苛烈さとも言える。

 話は飛ぶが、アカショウビンは、先日新聞のコラムで或る短歌に痛烈な刺激を受けた。<くろ鉄(かね)の窓にさし入る日の影の移るをまもり今日も暮らしぬ>。これは独房の中で死を覚悟した女性のものである。「大逆事件」で処刑された管野須賀子の辞世である。『ミッドナイト~』と『スノーデン』の主人公も幸い国家から処刑されることはなかったが106年前に一人の女性は国家によって短い生涯を終えさせられた。そのような事もオリバー監督の作品は思い起こさせる。
 それと併せて、私たち人間が日常生活の急激な電脳化と国家間の情報戦のなかに取り込まれて生きている現実と現状を監督は緻密に再現した。この作品は、私たちが生きている現在と「世界」の将来と未来を熟思するために新たな思考を励起しなければ、という刺激を与えてくれる秀作といえる。

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