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2016年11月29日 (火)

勝負手

 囲碁の第2回電王戦三番勝負は趙治勲の2勝1敗で終了した。ホッとしたというのが正直な気持ちだ。趙氏(以下、敬称は略させて頂く)はコメントで「Zenもアルファ碁も人が良くて、形勢が悪い時に勝負手を打ってこない。勝負手を打たれたら間違えたかもしれない」と話したという。いかにも趙らしい。歴戦の修羅場を勝ち抜いてきた勝負師の発言の重さは受けとる人様々だろうがアカショウビンは囲碁ファンの一人として、また趙治勲という勝負師への関心からそのコメントを興味深く専門紙で読んだ。
 人の一生も相通じるものがあるかもしれない。アカショウビンのように病苦と生活費にも困窮する時には勝負手を捻りださねばならない。しかし言うは易い。アルバイト労働は体力勝負という現実は甘くない。仕事を終え送迎バスで駅まで約20分の時間は心底ホッとする時なのだ。しかし、勝負手をもがきながら探さねばならない。

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2016年11月23日 (水)

休日労働

 3日以来の休日労働。電車の乗客が少ないのは本当に心安らぐ。本来の気楽さ、敢えて言えば幸せ感というのはそういうものではないか。いつもの駅には大勢の新人と思しき若者たちが。休日アルバイトの大学生であろうか。雇う側もとにかく人集めは日々の仕事に欠かせないのだ。それはともかく、さぁ、きょうも労働だ。
 昼飯は一階のコンビニで。ミニ寿司とインスタント味噌汁。これでアカショウビンの食は十分なのである。二階の食堂というより休憩室からは山並みが見える。7月20日に働き始めて以来地図で地形を確かめていない。45分の昼休みに朝刊を眺め読む。囲碁と将棋欄。囲碁はタイトル戦の解説。将棋は女流三段と六段の男子プロ。そういえばきょうは囲碁電王戦の第3局だ。さて人間はコンピュータに勝ち越せるか。趙治勲がんばれとは言えまい、コンピュータがんばれが囲碁ファンとして正確なエールだろう。

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2016年11月17日 (木)

鷗外の短編

 梅原猛氏が新聞連載の記事で鷗外の短篇小説を改めて読んでいる感想を書いている。『山椒大夫』と『高瀬舟』だ。両作品の筋を記したあと、帝国軍人だった鴎外は、明治時代、世界の五大強国になったのは、社会の底辺に住む人間の犠牲の上に成り立った、として鷗外はそのような人々の悲しみの物語を、江戸時代以前に置き換え、日本帝国の発展の陰で犠牲になった人々の鎮魂を行ったのではなかろうか、と記している。さもありなん。動機の真偽は考証家に任せアカショウビンは梅原氏の文章に共振する。

 氏は、『山椒大夫』の涙をさそう場面を三つあげる。ひとつは、人買いに騙されて売られる姉弟と母が二艘の舟で離ればなれになる場面。二つめは、山椒大夫に奴隷としてこき使われる安寿と厨子王が山椒大夫を騙し、安寿が厨子王を一人都へ向けて脱走させ安寿が入水する場面。三つめは、丹後の国守に出世した厨子王が、生き別れた母を佐渡で探し出す場面。再会を果たした母は盲目で、当時身分の低い人たちの仕事とされていた鳥追いをしていた。

 幼いときに母と死別して伯父夫婦のもとで育った氏は、このような物語を読むと涙をこらえきれない、と書く。その心情は多くの読者が共有することだろう。アカショウビンもそうだ。

 鷗外の作品を読んだのはずいぶん昔だ。『高瀬舟」は安楽死問題がマスコミで話題になったときに読み直した。クリント・イーストウッド監督の『ミリオンダラーベイビー』という作品も安楽死をあつかった秀作で何度か観直した。安楽死問題はおく。梅原氏は『高瀬舟』について簡潔に要約しているのでそれを引かせて頂く。

 幼くして両親を亡くした兄弟が二人で助け合って暮らしていたが、病気で働けなくなり兄に迷惑をかけるのを心苦しく思った弟が喉を切って自害しようとしていたとき、弟からいわれるまま喉に刺さったカミソリを抜いたところ、弟が死んでしまったために罪人とされ、島流しになる兄、喜助の話である。喜助は、お上から二百文を与えられて島流しになった自分の境遇を甚だ大変ありがたく感じている。骨身を惜しんで働いても口を糊(のり)するのがやっとであったこれまでの人生を考えれば、二百文を元手に仕事ができるのが楽しいというのである。

 鷗外を読み直したのは、最近漱石ブームだそうで「へそ曲がりの」氏は鷗外を読んでいると書かれている。真意は別にあるのかもしれない。日本近代文学の二人の〝巨匠〟が二人とも小説が余技(漱石は職業作家になる前は教師であった)であったことを氏は特にこだわっているようにはみえないがその理由については研究者に任せるにしかず。われわれは作品を読みそれぞれが刺激され此の世を(仏教では娑婆世界と説くが)生きる意味を考える縁(よすが)になればいいと思う。生涯を哲学に関わってこられた氏が人生の晩年近くにそのような文学作品に刺激される。そのことにアカショウビンも強く共振するのである。

 三島由紀夫の命日も近い。巷では論客が喧しく三島論を喋々するであろう。死ぬ前に三島は鷗外を書きたいと述べていた。それは実現しなかったが、動機は梅原氏の鷗外を読みだした動機と幾らか交錯するかもしれない。それも研究者に任せアカショウビンは未読の史伝を読む機会を何とかもうけたいと思う。

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2016年11月15日 (火)

病とは何か?

 下咽頭ガンの手術で入院した病院へ定期検査に。8月24日に手術し9月5日に退院した。友人のNA君と一杯やったあと帰りの地下鉄で気分が悪くなり通路にへたり込み立ち上がれなくなり駅員さんに助けを求め車椅子の世話になったのだった。あれから月に一度定期検査をし本日が退院以来二度目の検診。前回と同じく鼻からカメラを通し手術のあとを見る。異常はないらしい。来月の検査日時を決め、来年2月にはCT検査をすることに。診察室を出て会計を済ませ外に。昨夜の雨はやみ青空も。木造のベンチで老いた患者か見舞い人か談笑している。彼らもアカショウビンも濃淡の差はあれ死を意識し覚悟している。病はそういうはたらきを人にする。
 街中を様々な人々が行き交う。多くは此の世で生きることに翻弄されている。しかしアカショウビンは如何に死んでいくか、という現実を生きる渦中にある。明日、アルバイトに行けば段ボール潰しに追いまくられオリコン作り、ピッキングの商品補充に重いハンドリフターを操作し一日が過ぎる。死は意識に上らない。それでも我が身はガンに侵され死は遠からず我が身を支配し意識を消失させる。それまで心おきなくなど不可能だろうがそのために手を尽くす。それがアカショウビンに課せられた日常だ。悟ることはできなくとも日常の時々刻々にそれを実践する。街中を笑いさざめきながら過ぎる子供たちの生とアカショウビンの生は異なる。サラリーマンたちとも。アカショウビンは彼らと異なる時空を生きなければならないのだ。五月から住んでいる町の駅に戻ってきた。録音されたアナウンス音が煩わしい。体調は悪くないのだ。病院近くのお気に入りの店でランチも平らげた。少し苦しくなったけれども。そう、そう。ここのところ、ブラームスの二曲の弦楽五重奏を聴いてあきないのだ。その旋律は残り少ない人生に聴くにふさわしい深さをたたえている。以前は、あまりじっくり聴くことがなかった作品だ。腑に落ちるのに時の経過が必要な作品というのが確かにある。小津の映画もそうだし音楽、美術にもあるだろう。晩年のスタイルというものも確かにあると思われる。人それぞれに。病はそれを気付かせてくれる。
 それにしても病とは何か。その糸口をもう少し探らなければ。
 

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2016年11月12日 (土)

映画「聖の青春」

 昨夕、友人NA君のお取り計らいで都内の会場で「聖の青春」(森 義隆監督)の試写会に行ってきた。将棋の世界の一端に関わったファンとしては是非観ておかねばならないという衝動による。アカショウビンは原作を単行本で読んだが現在は文庫になっている。著者は村山はじめ棋士たちとの付き合いが広く棋界をよく知っている人である。それだけに志半ばで逝った怪童(この形容も著者かもしれない)への心からの追悼、賛辞となっていると読んだ。村山 聖(さとし)という夭折の天才の何たるかを知りたい方にはお勧めする。村山(以下、敬称は略させて頂く)が亡くなって18年経つというのに感慨新ただが映画は実に抑制された構成で凜とした緊張感が作品を貫いている。監督はじめ完成までに作品に関わった人々は一人の特異と言ってもよい棋士の生き様と死に方を描いた秀作に仕上げた。  監督は構想から10年かけたというが、その言も理解できる内容だ。出演者達も監督のその気迫によく応えている。多くの観客は将棋界という特異な業界、世界を知らないだろうから物珍しさも感じられたろう。また、それが新鮮にも感じられたかもしれない。それは名人位を目指す天才少年達が熾烈な戦いを繰り広げる世界だ。それを監督はじめ出演者スタッフは良く作り演じた。公開は19日(土)から。将棋を知らない方にも広くお勧めする。

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2016年11月 7日 (月)

98日目の定期検査と治療

 昨年胃ガンの手術をした都内の病院で膀胱ガンの手術をしたのは8月2日。前日に入院、一年もたたないうちに二度の手術で既に下咽頭ガンも見つかりその手術もしなければならなかった。下咽頭ガンは別の病院で8月24日に行った。本日は膀胱ガンの手術から98日目の定期検査である。採尿、血圧、検温を済ます。これから診察ののため待合室で待機。尿道カテーテルという膀胱鏡が厭なのだ。しかも女医さん。男の性器を仕事とはいえ毎日見ると人間観、世界観も変わるのではないかと彼女にとっては余計なことを考えるのは不徳の致すところ。
 施術の後の副作用の説明。排尿時の痛み、血尿が止まらなかった場合の対処の仕方を聞いたあと無人の膀胱鏡室の施術椅子で待たされる。
 さほどの痛みはないがカメラが尿道を侵入してくる不快感は曰く言い難い。約30分の処置。再発はしていない、とK先生は爽やかな笑顔で話した。しかし、これで終わりではない。また待合室で待機したあと抗ガン剤を注入するのである。8月の術後の最初の排尿時の激痛を思い出す。痛みで全部排尿できなかった。明日はアルバイトの作業ができるのだろうか。
 車椅子に乗った老婆が一人で診察室から出てきた。若い医師は丁重に相手しているものの歯のない口から洩れるお礼の言葉は老いの酷(むご)さを自ずと現している。
 午前10時から、もう正午前だ。
 この数日の事を備忘録として記しておこう。金曜日は同居人さんと富士山の麓にある別荘へ。夏の避暑へ行かなかったための大清掃。その間、アカショウビンは犬たちを遊ばせた。毎夜の散歩と違い自然の中で陽の光を浴びるのは犬にも人にもよいことだ。朝は晴れていたが昼は曇り、残念ながら富士山は見られなかった。 
 きのうの日曜日は知人のお誘いで高尾へ。今は現役を引退されている倶楽部の会長さんに会うため。研究室という御自宅を訪れるのは初めて。お誘い頂いた方も二年ぶりという。
 抗がん剤注入のため待合室で待機していると、正午過ぎにやっと呼ばれた。カメラより細いカテーテルというが痛みははしる。堪らず声をあげる。K先生は優しく声をかけてくれるが痛みは我慢できるものではない。処置は10分くらいだろうか。終わって約30分、ベッドで俯せになり休憩。午後1時過ぎ会計し病院を出た。
 のんびりと老後を楽しむというわけにはいかぬのである。不徳の致すところとはいえ、しかし、それも一つの人生。できれば、心たおやかにそれを受け入れ、よく死んでいきたいものだ。しかし痛みが去れば日常に戻る。痛みの苦しみを忘れてしまう。帰りの電車の窓外に多摩川の川面を陽がきらめいている。自然は何事もないかの如く。私は、どのように、この自然と関わり死んでいくのだろう?とりとめもない問いが頭をもたげる。頭はボンヤリとしてはたらかない。刺激が必要だ。挑発する一行はないか。朦朧とした脳髄を励起する音楽はないか?

 

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2016年11月 3日 (木)

祝日も労働

 朝、駅のホームに人が少ないなと思ったら祝日というわけだ。これが安穏な日常というもので、平日の混雑は明らかに異常。私たちは異常な日常が当たり前のように生きているのではないのか?
 祝日は仕事を休むのが正常。それを生活費を稼ぐためとはいえアルバイト労働に勤しむ。これは異常とも言える。しかし、それが正常と思わされる。そう思うようになる。
 アカショウビンの日々の仕事は軽作業とはいえ絶えず身体を動かしていなければならない。昨年の入院・手術、今年8月の入院・手術のあとのリハビリの身にはこたえる。きのうも作業中に指を傷つけ血豆が出来た。中高年の肉体作業は文字どおり骨身に響くのである。7月20日から始めて段ボール潰しの作業で右腕を酷使するので背中の右半分が筋肉痛だ。61歳で元商社マンというMさんは先週から同じ派遣会社で働き始めた。これも縁というもの。きのう昼食時にヨーロッパ駐在時のことなどで少し話が弾んだ。若い人は父親のような中高年とは自分から話したがらない。面倒臭いのだろう。目つきと表情を見ればわかる。話せば、いろいろな境遇、事情がわかりあえる筈なのに。

 作業中は時に腹の立つことも多い。雇い主の会社社員は威圧する。怒りは腹の底におさめねばならない。自業自得なのである。我慢、我慢。耐えるのだ。きょうは天気がよいのが少し嬉しい。ささやかな悦びだ。

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