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2016年10月15日 (土)

アンジェイ・ワイダ監督を追悼する

 アンジェイ・ワイダが亡くなりレンタルショップで作品を探したが『カティンの森』(2007年)しかなかったので数年ぶりに観直した。劇場で観たのは大阪に棲んでいるころで梅田の劇場だった。ワイダの突き付けるメッセージと過酷な歴史事実を作品に仕立て上げる強烈な意志を感じた。その後、何度か観直そうとしたが腹に落とす重さのようなものに耐えるこちらの覚悟が見つけられなかったのだろう。ワイダの死でやっと覚悟というかこちらの湧き上がる力というのかそれが出てきた。他の作品も都内の劇場で上映されるかもしれない。その時は既・未見のものも含めて感想を書く機会があるだろう。

 それはともかく、この作品はワイダの執念と覚悟を痛感する作品といってもよい。未見の方はネットかレンタルショップで借りてでも観ていただきたい。アカショウビンはいつものように熟視したカットと作品に籠められている監督の伝えようとしている不可視のものと映像についていくらか文字にするだけだ。

 冒頭のシーンは雲の中をカメラがゆっくり移動する。この手法はかつて似たような映像を思い出す。そして雲間が晴れると橋の両側から家財道具を荷車に積み家族が集団で行列なす人々の群れだ。

 1939年9月1日、ドイツ軍が17日にはソ連軍がポーランドに侵攻する。ポーランド民衆は板挟みになる。〝一人の女の物語〟というコメントがされる女性はワイダの母親だ。その女優を含め群衆の動きと表情にはワイダの厳しい演出があっただろう。それに彼らは見事に応えている。それを見ればこの作品が伝えようとしているものが尋常なものでないことを直感する。

 物語が伝えようとすることは先の大戦でソ連がポーランド将校一万二千人をカティンで虐殺したという事実と残されたそれぞれの家族と人々の生き方と死にかただ。ポーランド軍で最年少で大尉になったワイダの父親もそこで殺された。その歴史事実をワイダは作品に残して後の人々に伝えておきたかったのだ。そのような意志は我が国でも、新藤兼人や黒木和雄の晩年の作品に観てとられる。その共通ともいえる意志の何たるかは巷間喋々される〝反戦映画〟という概念で集約することはできない。それはまた別の話だ。

 1940年、4月10日、モスクワから402kmの土地にワイダの父親であるアンジェイとポーランド軍の大将たちは移送され、次々に捕虜たちは射殺される。死体を埋めるブルトーザーは「夜と霧」のユダヤ人達を埋めるシーンを想起させる。ソ連軍(赤軍・ボルシェビキ)は後頭部から射殺するゲシュタポのやり口でドイツ軍の仕業に見せかけた。

 アンナに届けられた遺品の手帳は雨か水に濡れ途中で何も書かれていない。アンジェイは大将たちが屋内で射殺されたのとは別に郊外で射殺されるシーンが物語の終息と、この歴史事実が伝える無言だが映像で痛烈なメッセージを観る者に突きつける。

このソ連兵たちの冷静で憎しみとも思えない冷徹は何か?ブルトーザーが積み重なる生々しい死体を穴に埋め土をかけていく。それを父なる神は見ているのか?殺された者たちは聖書の一節を声にしながら殺されていったのだ。映画はそこで終わり暗闇の奥から死者たちを悼む男声合唱が聞こえてくる。クレムリンの命令で秘密警察GPUは1万2千人のポーランド軍の捕虜の将校達を殺害したのだ。

強く印象に残ったシーンがある。ある夜、ソ連軍はカティンの森での虐殺をドイツ軍の蛮行だとポーランド民衆に移動スクリーンで喧伝する。それを虚偽だと大将夫人がソ連兵を詰る。たまたまそこに居合わせたアンドレイの友人イェジは夫人を止めて深夜の広い道路を歩く。そのシルエットが実に美しい。二人はベンチに腰掛け虐殺の真相について言葉を交わす。イェジはスターリンの中立性を証言しソ連軍に加担している。二人の前を二人のソ連軍将校が通り過ぎる。それにすかさずイェジは敬礼する。それを茫然と眺めた大将夫人は「殺人者に敬礼した」と吐き捨てるように言う。その表情にワイダは作品のメッセージのひとつを込めたと思われた。その表情の変化を女優は見事に演じた。「あなたも連中も同じ。思いは違っても行動は同じ。思うだけでは何の意味もない」と言い残し去っていく。それは昼と夜の違いはあれ『第三の男』のラストシーンを想い起こさせた。そこには〝犯罪を見て何もしないのは罪に加担したのも同じ〟という指摘も聞こえてくる。それはともかく、映画関係者にはぜひ追悼上映をやって頂きたい。監督は90年の映画人生で多くの傑作を残した。その晩年の佳作を再見し心から哀悼の意を表す。

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