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2016年9月28日 (水)

無念

 「声を詰まらせ、天を仰いだ」。東京新聞朝刊の記事である。羽生善治王位に挑戦した木村一基八段の悔しさが活写されている。七番勝負をフルセットで戦い先に羽生をカド番に追い詰めタイトルを奪取できなかった。勝てば最年長戴冠の大記録だったのだ。羽生も今年は名人位を奪われ厳しい精神状態で臨んだ七番勝負だったろう。さすが棋界の第一人者だ。ファンとして実に面白く七局を楽しませて頂いた。心から両雄の健闘を讃えたい。

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2016年9月18日 (日)

ハイデッガーノート ⑤ 真理とは何か?

 「真理の本質について」でハイデッガーはプラトンの〝洞窟の比喩〟を用いて真理の本質について講義した。それから10年後の講義が「パルメニデス」である。それは戦時下でもあり世界大戦という地球規模の災禍の緊張の中でのものであることを考慮し読む必要もある。古代ギリシア人たちの思想に分け入りローマ人達への思想の移植と変容を経てデカルト・カントの西洋近代哲学の変遷に注意深く眼を凝らした思索者の言説・論説は卓抜であると同時に奇異の感も与えたことは衆目の伝えるところである。「パルメニデス」の第8節/第2部ではリルケの詩が引かれる。第8のドゥイノの悲歌にはハイデッガーが説く〝開かれた処〟の一行が記されている。しかしそれは〝公海〟という意味でのもので、それは「有の自由な開けた場所へは到達しない」(p258)とする。生きものは、その場所を見る事がない。しかし「それを観いだすことができるということが、人間の本質を構成し、したがってまた、動物と人間との乗り越えられない境界を構成するのである(同)。

 ドゥイノの悲歌は最初の次の部分が引かれている。

 すべての目で、生きるものたちは

 開けた処[開かれた世界]を見ている。われわれ人間の眼だけが

 いわば反対の方向をさしている。そして罠として、生きものたちを、

 かれらの自由な出口のそとにあるものをわれらは

 動物のおももちから知るばかりだ、

 しかし「人間は、そして人間だけが、語を持つゆえに、開けた処をのぞきこみ、アレーテス[真ナルモノ]という意味での開けた処を見る、そうした有るものなのである。これに反して動物は、開けた処をまったく見ないし、そのすべての眼のうちの一つだけででも、決して見ないのである。(中略)リルケのいう開けた処は、覆蔵されていないものという意味での開けた処ではないからである。リルケは、アレーテイアについて何も知らないし、気づいてもいない。彼がほとんど何も知らず、気づいてもいないのはニーチェも同様である。したがってリルケはまったく、伝承されてきた人間と動物についての形而上学的規定の限界内にとどまりつづける。(p264)

 真理とは何か?という問いを次のように変えてハイデッガーは回答する。

 どのような拘束が詩人の語につきまとっているのか?この問いは、次の本質的な問いに基づいている、どのような真理が、詩そのものに属しているのか?たんに個人的な体験や印象に拠り所を求めること、つまり詩人に対してとにかく現にいだいている愛好心を、詩人の語を妥当だとする最後の支えとして持ち出すようなこと、こうしたことはすべて、あまりにも足りなすぎる、つまりここでは、まったく取るに足りないのである。それも、民族の存亡に決着がつくだけではなく、何よりもまず有と非有そのものの本質と真理が賭けられている、そうした時代にあっては、そうなのである。そうであれば、リルケの詩を途方に暮れた詩人の主観的な「体験」にゆだねる代わりに、キリスト教的意識の伝承のうちへはめ込むことは、いっそう客観的であるだけに、いっそう重要であることに変わりはないであろう。(p268~p269)

 「民族の存亡」という語に戦時下のハイデッガーの危機感が漏れ出ているとも読めよう。しかし主題は「有と時(存在と時間)」以来、有であり時であることは言うまでもない。

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2016年9月17日 (土)

ハイデッガーノート ④ 開けた処 真理の本質

 つねに人間は、しかも人間だけが、自由な開けた場所という意味での開けた処を覗くのであり、こうした自由な開けた場所としての、「有る」は、そのつどあらゆる有るものを自由な開けた場所それ自身へ解放し、こうした解放によって人間を開けた処の番人をつとめるものとして眺めるのである。(「パルメニデス」p256)

 この箇所に至るまでにハイデッガーは「開けた処」を次のように強調(翻訳では読点が付されている)し説明している。

 この開けた処は、有それ自身である。

 その前には次のように。

 なぜならば、到る所でいつも、ごく目だたない有るもののごく近くですでに、有るものの「有る」を自由な開けた場所として特に思考することを可能にする、そうした開けた処が現成しており、この自由な開けた場所の開けのうちへ、覆蔵されていない有るものが現れるからである。あらゆる有るものが、おのれの自由な開けた場所へ解放されるように、そこへ解放される開けた処、この開けた処は、有それ自身である。

  この「人間を開けた処の番人をつとめるもの」という箇所には、ハイデッガーが「存在は言葉という家に棲む」という有名な比喩で示す有(存在)を講義や講演、著作のいたるところで言葉を尽くして説明しようとする別な言いまわしがある。そこでは田辺元がこの講義に読み取ったハイデッガーの弁証法的境地を示すと田辺が説くなかでのキーワードともなる「絶対無」の無へのハイデッガーの次のような説明もある。

 もし人間が有を観照していないとしたならば、人間はけっして無を思考しえないであろうし、まして有るものを経験しえないであろう。(同書 p248)

もう少しハイデッガーの説くところに耳と精神を集中させてみよう。

 元初的に真理の本質が「非覆蔵性」(ア‐レーテイア)であるからこそ、また覆蔵されているもののうちでアレーテイアがすでに、開けた処、開けてくる処であるからこそ開けとそれの透過一般が、明るさやそれの透き通りの明け開けという形態において現れることができるのである。有の本質がアレーテイアであるからこそ、それだけで明るみの明け開けが優位になることができるのである。それゆえ、開けた処へ出現することは、輝き、現れるという性格をもつようになる。それゆえ、出現して覆蔵されていないものを聞き取ることは、明るく輝くものを聞き取ること、つまり見ること、観ることなのである。(p249)

 真理の本質については、アレーテイアというギリシア語を介してハイデッガーは1931年1932年の冬学期に詳細に論じている。それは通読したので新たに感想を書く機会もあるだろう。

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2016年9月12日 (月)

ハイデッガーノート ③ 慎み、恵み、調えるもの

 ギリシア人たちの神々の根本本質は、他のすべての神々と違って―キリスト教の神とも違って―、ギリシアの神々が、「現成すること」と「現成する」有に由来するという点にある。(中略)ギリシア人たちの神々は、人間たちと同様、何ひとつ運命に先立って、また運命に逆らっては、なしえないのである。モイラ〔運命〕は神々と人間たちの上に現成する。(p188~p189)。

 「根本本質」というのは、何か特別なことを言おうとしているのだろうか。それにしてもギリシアの神々はキリスト教やユダヤ教の神と何と異なることだろう。それは我々の仏や仏たちとも。それはともかく、さらにハイデッガーが説くところを追ってみよう。

 「神々」が、ダイモネス〔ダイモーンたち〕―テアオンテス〔観ル者タチ〕であり、なれ親しんだものと見なれたものとの現れにおいて、ともに現れるという、まさにこのことのために、それらの見なれ‐ないものは、極めて純粋に節度と穏やかさのうちにあり、そのため神々の現れにおいてアイドース〔慎ミ〕とカリス〔恵ミ〕が―有の慎みと恵みが―到る所であらかじめ差し込んでおり、輝きながら指示しており、指し示しながら調えているのである。たとえ私たちがギリシアの神々を、調える者たちと呼ぶ場合に、その本質を前もって、より元初的に思考するにしても、私たちは、この神々を、調えるものたちと呼んでよい。というのは、慎みと恵みと穏やかさの輝きとは、有に属しているのであり、それらは、アイドース〔慎ミ〕とカリス〔恵ミ〕のうちで詩作しつつ、タウマストン〔驚嘆スベキモノ〕とダイモニア〔霊妙不可思議ナモノ〕において思考しつつ、経験されるからである。

 

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ハイデッガーノート ② 見る、観る、観照する

 観(blicken)という動詞について、ギリシア語のテアオマイには、「ギリシア的に思考すれば、おのれに観照をもたらすこと、観照を、つまり何かが呈示され、現れてくる眺めという意味でのテアー〔観照〕をもたらすことを言う」(p176)とハイデッガーは述べる。それは私たちが言う見ることでも、見物することでもなく、「観るものが、おのれの本質の眺めのうちへ現れてくる(ダイオー〔火ヲトモス〕)、つまり覆蔵されていないもののうちへ、この覆蔵されていないものとして出現する、そうした根本様式なのである」。

 この覆蔵という語は馴染みのない日本語だがハイデッガーでは重要な用語である。いっぽう真理という語は日常的にはともかくまだ理解できる。アレーテイアというギリシア語は真理と訳されるが、それは正確には不覆蔵で真実が覆い隠されていないこと、であるとハイデッガーは説く。それはこの講義録の前段で詳細に説明されるがいまはおく。引用に続けて次のようにハイデッガーは述べる。

 観ることは、人間の観ることでさえ、根源的に経験するならば、何かを把握することではなく、おのれを示すことであり、このおのれを示すことを顧慮してはじめて、何らかの把握する観ることが可能となるのである。人間は、すでにもっぱらおのれ自身から、観ることを経験しており、観ることをまったく、自我や主体である「おのれから」理解しているのだが、そうした場合には、観ることは、対象に向けられた一つの「主観的な」はたらきである。しかし、人間が、おのれ固有の観ることを、つまりこの場合人間の観照を、おのれへの「反省」においておのれを観ながら表象する、そうした観照として経験するのではなく、むしろ人間が反省を伴わない出会いをさせることにおいて、観照を、向こうからくる人間の、彼を‐眺めることとして経験するならば、その場合には、出会う人間の観照は、そのうちで人間自身が他のものに向かって待ち、つまり現れ、そして有る、そうした観照として示されるということが露呈されるのである。このむかえ待つという仕方の観ることが、またこのように経験された観照が、出会う人間自身をその本質の根拠において露現するのである。

 この露現という用語もハイデッガー独特だが、有が現れるというこれまたハイデッガー用語で取り合えず説明しておかせていただく。そしてハイデッガーはさらに続ける。

 私たち近代の人間は、もしくは更に言えばギリシア‐以降の人間形態はとうに歪曲されており、そのため彼らは、観ることをばもっぱら、有るものへと人間が表象しながら向かうこととして理解している。こうして、観ることはまったく見いだされず、たんに、自分で遂行した「はたらき」として、つまり前に‐立てる〔表象する〕作用として考えられるのである。前に‐立てる〔表象する〕とは、この場合、おのれの前に‐立てること、諸物をおのれの‐前に‐もたらすこと、制御すること、諸物を圧倒することである。(p177)

 これもハイデッガー哲学の根幹のようなもので難解だがプラトン思想が後にスコラ哲学、近代のドイツ哲学に至る間に変質、変容していった一端を説いているのである。さらにハイデッガーの説くところに耳傾けよう。

 ギリシア人たちは、観るということを最初にしかも本来的に、人間が他の有るものそれ自身とともに、しかも人間としておのれの本質において出現し、現前する、そうした仕方として経験している。(おのれから現前するまでは強調の読点が付されている:アカショウビン注)。近代的に思考して言うと、それゆえまた不十分であるのだが、むろん私たちにより分かりやすくするために、私たちは、手短にこう言うことができる。つまり観照、テアーは、「主体」のはたらきや作用としての観ることではなく、「客体」の出現や向こうからくることとしての眺めである、と。観ることとは、おのれを示すことであり、しかも、出会う人間の本質がそこに集まってきた、あのおのれを示すことなのであり、このおのれを示すことにおいて、出会う人間は、次の重複した二つの意味において「出現する」のである。つまりおのれの本質が、観照において、おのれの実存の総体と同じく集まっているという意味と、しかもおのれの本質のこうした集まりと単一な全体が、観照において開示されるという意味と、そうした重複した意味において「出現する」のである。それも、観照において開示されるといっても、もちろん、このように覆蔵されていないものにおいて、同時にまた、おのれの本質の覆蔵と深淵とを現前させることになるのである。

 この講義は1942年から43年の冬学期にフライブルク大学で行われた。戦時中である。それを今私たちが読むことは、その戦時下の緊張も想像すべきだろう。私たちは戦後のハイデッガーの論説、言説、講演にも目を通すことができる。その後のハイデッガーの軌跡、一生を通観しながら、それこそそれは読むことと同時に観ることでもある。それは正しく文字の向こうからハイデッガーが立ちあがるように、自らの精神を励起させて読み取らねばならない言説である。

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ハイデッガーノート ①

  人間の「生涯」は、場所的、時間的に限定された或る範囲を走り続けるのであり、この範囲の内部での一つの道であり、一つの周期、しかも死ニ終ワルベキ、死を孕んだ、死を携えた、それゆえ死へ通じている周期なのである。死は、そのつどの生涯を完了するのだが、しかし死は、人間の本質の有を終了させはしない。『パルメニデス』(創文社 1999年12月10日 北嶋美雪 湯本和男訳 p164 以下の引用でカタカナの翻訳語の前のギリシア語は割愛させて頂いたのでお断りしておく)でハイデッガーはそう講義した。それはパルメニデスの教訓詩を読み解く過程でギリシアのポリスの正確な意味を解説する途中で述べられたものだ。続けてハイデッガーはギリシア人たちの死生観ともいうべき「エンタデ」(ここ)と「エケイ」(かしこ)について次のように説く。「死とともに、ここからかしこへの、かなたへの一つの移行が起こる。この移行は、一つの通行の始まりなのであり、この通行は、それ自身再び、一つの新しい『死ニ終ワルベキ周期』への移行において完了する。それゆえ、問いは、こう問われなければならない、人間の本質がそのつど、ここ、この世での、死を孕んだ生涯を完了した後で、何が人間の本質を取りまいているのか、また人間の本質のためにとどまっているものは何なのか、と。」

  そこからハイデッガーは、キリスト教的な「来世」がプラトンの思想・哲学、あるいはその後のプラトン主義、新プラトン主義がキリスト教に根本的な影響を与えていったと説く。ハイデッガーはここでプラトンの「国家」を参照しながらパルメニデスが生きたギリシア社会でのギリシア人たちの思考、思想、哲学を詳細に読み解いていくわけだが、それは難解だが丁寧に読めば明解また痛快でもある。ギリシア人たちの思考、思想が後のローマの支配下でどのように変遷、変質、改変されていったかをハイデッガーが地質学者が一つ一つの化石から時代を読み解くようにキーワードともなる語を通して読み解いていくからだ。それは文献学者としてのニーチェでさえプラトンやアリストテレスをギリシア的にではなくローマ的にしか理解していないというニーチェ批判となって別の講義で追及、対決される。それについては後に考察する機会もあるだろう。

  「パルメニデス」のこの箇所はハイデッガーが読み解いたギリシア人たちの思考、思想がいかに近代以\降の西洋哲学のなかで逸脱とも言える規模と内容で変質、変容したかというハイデッガーの指摘の他の講義、著作のなかでも繰り返される主張の一端にすぎないが、ここはハイデッガーの思想の根幹であるから注意深く、繰り返し行間を読み説かなければならない。そこでハイデッガーは「ダイモニオン」というギリシア語に着目する。ドイツ語ではデモーニッシュ、日本語では「霊妙不可思議なもの」と訳されている。しかしそれはギリシア人たちの考えている「本質や本質の広がりを、決して射当てることはないであろう」(同書p170)とされる。

   さらにハイデッガーは「観照」と訳された言葉でギリシア人たちの見ることが、それ以後に変質、変容したことを指摘し有(存在)を説く。少し長いけれども引用して繰り返し熟読玩味していきたい。

  有が観照されるところでは、見なれたもの‐でないもの、つまり見なれたものを「越えて」ゆらめき去る溢れたもの、有るものからのいろいろな説明によっては説明できないもの、そうしたものが告げ知らされるのである。(中略)見なれ‐ないものは、また、いまだかつて‐けっして‐なかったものではなく、つねにすでに前もって、すべての「不気味なことがら」に先立って現成しているものである。見なれ‐ないものは、すべての見なれたもののうちへ、つまり有るもののうちへ差し込んでくる有なのであり、この有は、その光が差し込むことで、しばしばただ、音もなく流れる雲の影のように、有るものにかすかに触れるだけなのであって、こうした見なれ‐ないものは、何ひとつ奇怪なものや騒々しいものを持ってはいない。見なれ‐ないものは、単純なもの、目だたないもの、意志の鉗子には掴みえないもの、計算のすべての術から逃れでるものである、それというのも、すべての計算を追い越しているものだからである。出現するすべての有るものを日々押し進めることにとっては、通常の経験がそれに驚くにちがいないものなのである。(p172~173)

   田辺 元は戦時中から戦後にかけて、このハイデッガーの講義の内容の一端を教え子の留学生やドイツの哲学誌から聞き読んでいたのであろう。誠実な敬意と強烈なライバル意識をもってその言説・論説に論及・批判を加えた。それはまた別に追及しよう。

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2016年9月 8日 (木)

退院と娑婆での今後

 月曜日に退院した。手術後12日目、11日間の入院期間だった。それにしても病院という時空間は外界と違う世界だ。外は台風でも中はエアコンが効いて快適。今回はテレビも殆ど見なかったので世間との繋がりは医師たちと看護師さん、掃除の女性たちとの会話くらいである。それは刑務所の中のように娑婆とは隔絶した世界ともいえる。

  まだ手術の傷口は癒えない。抜糸(といっても昔と違って今はホッチキスのようなものだが)をしてからは自然治癒力に任すのだろう。しかし右の顎下から右耳の裏まで痛みと無感覚で不自由このうえない。顎の痛みは強いものでなくヒリヒリした弱い痛みが絶えず周期的に続くのである。これが不快だ。主治医によると完全に元通りにはならないという。しかしどの程度回復できるのか。手術前まで続けたアルバイトの軽作業は現状では無理である。しかし生活の算段は立てねばならない。

 それはともかく、入院時は読書に集中できたのは幸いだった。疲れれば築地市場や隅田川の眺めに心和んだ。持ち込んだCDもいくらか聴けた。その感想はこれから日常の中で日々を生きる自らへの喝として書き続けていく。退院の日の前に見舞いで訪れてくれた友人のМ君とN君との会話の中には永平寺を訪れた時の話題のなかで道元のことも語られた。それにも刺激され『正法眼蔵』や『随聞記』も繰り返し読まねばならぬ。それと断続的に読み続けている田辺元の戦後の著作である。『死の哲学』と『種の論理』は同時代人のハイデッガー批判として熟読し説くところを再考、考察しなければならない。入院中はハイデッガーの『真理の本質について』を通読した。これについては田辺の繰り返し強調しているハイデッガーの『パルメニデス』と併せて両者から読み取れる真理概念とハイデッガーの存在(有)の繰り返し説くところをさらに徹底して読みぬいていかねばならない。

 CDはR・バルシャイ指揮のショスタコーヴィチ交響曲全集とA・シフが弾いたシューベルトピアノ作品の感想も述べたい。取りあえずひと月の入院予定が短く済んだぶんは少し静養しながら、次の一手を捻り出さねばならない。

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2016年9月 4日 (日)

新聞とテレビを見ながら

  東京新聞は面白い新聞である。本日の一面トップは最年少プロ棋士の誕生。藤井聡太君が加藤一二三九段の14歳7カ月を越える14歳2カ月でプロに。62年ぶりの記録更新ということだ。隣にはドナルド・キーンさんの「東京下町日記」。月一回の記事で読み落とすこともある。本日は幸運だった。温厚なキーンさんには珍しく辛口の内容。先のリオデジャネイロ五輪のマスコミ報道批判だ。「メディアがこの時ばかり『日本にメダル』と叫ぶことに違和感がある」と苦言を呈する。

  NHKの将棋トーナメントは渡辺明竜王と糸谷哲郎九段戦。元竜王と現竜王の因縁の対決ともいえるカードである。しかし結果は渡辺竜王の圧勝。将棋も囲碁も終盤の接戦が醍醐味なのである。一方的な形勢ではつまらない。その点、先日行われた同紙が主催する王位戦の羽生善治王位と木村一基挑戦者とのタイトル戦第5局は面白かった。夕方から夜の終局までネットで堪能した。これも挑戦者有利で展開してきた局面が混沌としてきて逆転かとなった時が最高潮。結果は挑戦者勝ち。これで王位がカド番に追い込まれた。羽生不調で往年の強さに陰りが出てきているのは、このような負け方をすると、もしかしたらそうなのかもしれないと思わせられた一戦だった。次局がそれを判断する興味深々の一局になる。

  明日はいよいよ退院である。きのうは学生時代からの友人I君が見舞いに訪れてくれた。ジャズの女性ボーカルのセットものCDを差し入れに。退院してからじっくり聴かせて頂きます。正念場は退院してから。手術後のリハビリをしながら新たな職場も探さねばならない。お一人様の老後は生易しくはない。

 

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2016年9月 3日 (土)

病室スケッチ③

  きのうの朝、隣のベッドのYさんは慌ただしく退院していった。その後にはYさんより年上と思われるHさんが入室した。言葉が不自由のようで看護師さんとの会話は筆談のようだ。朝からベッドで横になってテレビを見ていることが多い。きょうは娘さんが来ている。その会話が何ともギスギスしている。娘の言葉も実にぞんざい。私が親なら横っ面張り倒してやる口のききかただ。親子兄弟、姉妹の関係も百人百様だ。Yさんは家族の愛情に包まれていた。しかしHさんは無残な老後である。 鬼婆がいれば鬼娘もいる。ネパール人のBさんは相変わらず突然携帯電話で話し出す。向かいのNさんは瓢々としてマイペースで看護師さんとの会話も如才ない。毎日奥さんが来てありきたりな会話をして帰っていく。それにしても鬼娘の声は刺がある。それはHさんの躾の責任もある。しかし壊れた親子関係というのは酷いものだ。

  それはともかく、アカショウビンもやっと週明けの月曜日に退院できることになった。術後の経過が順調ということらしい。右顎下のザックリ切った傷跡はまだ疼くし首筋の廓清したリンパ節跡は神経感覚がない。朝の髭剃りの時に困る。首肩のストレッチも励行しなければならない。難儀なことである。しかし、ここを乗り越えないと社会復帰ができない。Hさん親娘を見ていると此の世は文字通り苦だなと痛感する。アカショウビンの残り少ない老後も受苦である。

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2016年9月 1日 (木)

病室スケッチ②

  隣のベッドのYさんは明日退院予定。胃がんの手術をされたのか胃婁の処置をされたようだ。夜中に痛みでナース・コールされるのもしばしば。あれこれの薬を器具を通して体内に入れなければならないようで看護師さんの手を借りる。それがカーテン越しに声でわかる。お声や看護師との会話を聞くともなく聞いていると実にお元気。病も達観されているらしいのが声でわかる。娘さん二人とお孫さんも見舞いに来られ会話を聞いていると幸せな家庭なのがよくわかる。声とは不思議なものなのだ。親子の関係、夫婦の関係の真実のようなものが声で瞬間に第三者に伝わる。その真偽に間違いはないように思われる。そのような奇妙な感想になるのも『真理の本質について』(創文社 1995年7月10日 細川亮一訳)を読み継ぎ、読み終えたからかもしれない。それについては別稿で。

  Yさんの達観については声や会話から推測するのであるがそれほど外れているわけでもないことには自信がある。それはどこからくるものか知しれないが経験というしかない。残り少ない人生で、これまで学んだ経験は人を見る目を少しは深くしただろう。それは直観を含めて人がこの世を生きる上で根本的なところで学び取る知恵といってもよい。その推測はおおよそ外れがないのではないか。

  Yさんは70歳過ぎの年恰好だ。ご長女は乳がんを患っておられ同じ病院で治療を続けておられるようだ。隣にいれば、そのような話まで聞こえてくる。声からは親子の情愛の深さまで聴き取れる思いがするのは錯覚ではあるまい。

  もう9月だ。昼前の病室から見える外の風景はいつもと変わらない。高層ビル群の隙間から新幹線やゆりかもめが動く姿が垣間見える。外は暑かろうが病室はエアコンが効いて快適だ。Yさんも処置を終えて落ち着かれたのだろう物音ひとつせず静かだ。

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