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2016年8月 7日 (日)

痛みについて

 手術後の排尿時の痛み、痛さは尋常ではなかった。それは言葉、文字では近い表現はできるかもしれないが体験、経験の個別性はなかなか伝えられるものではないと思う。激痛という漢語でもそれは十分ではない。それは声をあげずにはいられないものだ。喉を通して叫ぶ、おらぶという和語が近い表現かもしれない。絶叫とも違う。腹の奥から振り絞り外へ出さないと我慢できないような痛みと言えばわかっていただけるだろうか。しかし、それはあくまで個別的なものであるに違いない。

 特に男にとってチンチンは大事である。その痛みはまったく筆舌に尽くしがたい。そこで想い起こされたのがかつて中国の政治制度の中で機能していた宦官である。高校の時に漢文の教師が説明してくれたのが未だにその情景が脳裏に浮かぶ。高校生の男子には性の問題と同じように自分のチンチン(肉茎・ペニス)に関わる問題は切実だ。中国で司馬遷は「生き恥晒した男」である。宮刑という刑が他国にどれくらいあるか詳らかにしない。しかし男にとっては究極の辱めで恐ろしい刑であることは同意していただけるだろう。

 手術前にネットで膀胱ガン手術の概要を調べながら、そのような事がアレコレ脳裏を過ぎったのである。その痛みも今は忘れている。かつて映画監督、小津安二郎が胃ガンで入院していた時に「痛みは数値化できないからね」と語ったことが伝えられているが至言だと思う。

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