« 2016年5月 | トップページ | 2016年7月 »

2016年6月28日 (火)

顧眄す

 水野弥穂子さんは、道元の在俗の仏弟子・女性参学者、了然道者のことを、先日神田の古本屋で購入した「『正法眼蔵随聞記』の世界」で取りあげておられる。了然は道元より早く死んだ。道元は彼女に二つの法語を与えている。水野さんは了然という名が中国由来のものであることを説明し「永平広録」の偈を引く。

 廓然無聖(かくねんむしょう)、硬き(かたき)こと鉄の如し

 試みに紅炉に点ずれば銷(き)ゆること雪に似たり。

 更に問ふ、今何(いずれ)の処(ところ)にか帰り去る。

 碧波(へきは)深き処、何(いか)なる月をか看る。

 水野さんは、了然が亡くなるとき「終焉の語」を残して道元のところまで持って行かせたようです、と書いている。偈には由来があり道元はそれを踏まえている。「鉄の如し」とは『天聖広燈録』を撰した李遵勗(じゅんきょく)の悟道の偈、

 参禅は須(すべから)く是れ鉄漢なるべし、

 手を心頭に著(つ)けて便(すなわち)ち判ぜよ。

 直趣無上菩提、

 一切是非莫管。

 の「鉄漢」が下敷きになっていると思われます、と書いておられる。

 さらに――了然道者の座禅は達磨の廓然無聖のように全くの無所得の行であり、李遵勗の鉄漢のように不動のものであった、と訳されている。

 今、終焉の日を迎えて紅炉に投じてみると雪が銷えるようにさっぱりと消えていった。それでは、了然道者の正体は、今、どこに行ったのかと尋ねれば、碧々(あおあお)と深い波のうねる仏性海の底深く、どんな月を看ていることか。

 この「さっぱりと」という訳にアカショウビンは了然という女性の生き様の見事さを看取する。水野さんは「何なる月」とは、真如の月と説き、道元のもう一首を引く。

 爍破(しゃくは)す従来一版の鉄、

 落処を知ること莫し六華の雪。

 天辺の玉兎潭底(たんてい)に落つ、

 指折(ししゃく)して如何(いかん)が未だ月を見ざらん。

 この訳は次の通り。

 ――従来(これまで)、座禅で練り上げた一枚の鉄のような身は、命が終ると共に六弁の雪の結晶が天から降ってどこに落ちるかわからないように消えていった。

 天上界の月の中に棲んでいる玉兎が深い潭(ふち)の底に落ちてきたようなものである。指を折って掌(たなごころ)をさすように、どうして真如の月を見ないことがあろうか。(今はじっくりと、真如の月と対面していることであろう)

 道元が説き実践した座禅とは正にこのような仏法である。それを改めて骨肉に叩き込む気迫で道元は読まねばならぬ。道元の周辺の人々を、このように解き明かした水野さんの成果を私たちは受け継ぎ『正法眼蔵』を読み継ぐ。それは娑婆で過ごす悦ばしい時である。

 とりあえず再読したいのは「行持」だ。道元が弟子の了然の名前を中国の祖師たちのなかでも数少ない女性の得法者の名から取っていることを説明するなかで水野さんは道元の「山僧已むことを獲(え)ず、了然道者が志道の切なることを顧眄(こめん)す」と言ったことを引く。

 「顧眄」とは、ちらとこちらを見ることです。達磨大師のところに法を求めた二祖が、雪の中に立ってお願いしても、達磨大師は「顧眄せざるがごとし」――振りかえってそちらを見ることもしなかった――と、「行持」に巻に書いておられるその「顧眄」です。(同書p262)

 禅とは何か、とは道元を読むときに鈴木大拙の禅との異同を思案するなかで生じる問いである。それは手に余る。しかし道元の一言一句にはその回答が散りばめられている。それに接することは現在の生に新たな活力を得ることでもある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月22日 (水)

宇野功芳氏追悼

 先日亡くなられた音楽批評家、宇野功芳氏の西洋クラシック音楽の水先案内ともいえる恩義には礼を尽くさねばならない。昨日、新宿に出た機会にレコード・CDショップに立ち寄り幸い氏が編集長を務めた本と指揮したCDを購入した。本は未読、CDは以前聴いた。本は氏の遠山一行氏へのインタビューが興味深かった。

 CDは新星日本交響楽団を指揮したベートーヴェンの第7交響曲イ長調 作品92。1997年、サントリー・ホールでのライヴ。これは何とも宇野節全開の名演。人によっては拒絶もされる演奏だろうがアカショウビンは敢えて名演と判じる。それは通常の聴き慣れた演奏とは隔絶する箇所があちらこちらに聴けるからだ。1楽章のポコ・ソステヌート-ヴィヴァーチェと指定された楽章の途中で音楽は今にも止りそうになる。通常はオーケストラが生き生きと闊達にテンポを速める箇所で指揮者は逸る馬や犬を制御するようにオーケストラを抑制する。そこが宇野節である。私はベートーヴェンのスコアをこのように解釈するという断固たる意志が貫かれている。これを拒絶する者は音楽を聴く資格を持たぬと言ってもよい。それほど氏の解釈は独特だ。しかし、それが音楽でも文学でも敢えて言えば思想、宗教でも〝解釈〟の解釈たる所以だろう。それを実感する演奏である。それは氏が敬愛するフルトヴェングラーやワルター、クナッパーツブッシュから学んだ事である。それをアカショウビンは讃嘆する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月11日 (土)

深淵へ跳躍する

 先のフライブルクでの第2講演「思考の根本命題」の最後のところでハイデッガーは思考の根本命題を、次の第3講演の準備とするべく論理学の同一性命題を介し〝跳躍〟と解き明かす。「命題は跳躍<Sprung>となる。根本-定立とは、いかなる根拠も置き去りにして思考の没根拠の深淵へと飛び込む跳躍なのである」(p134)。

 ここで読者はベルクソンの「生の跳躍」という用語なども連想するだろう。それはともかく、聴衆それぞれの理解に配慮してか、次のように言葉を足す。

 「深淵への跳躍という言い方は、ただちに次のような印象を、つまり問題となっているのは、とりわけて深遠でおどろおどろしく、破壊的でさえあるようなもくろみなのだ、との印象を呼び起こす。しかしながら、深淵への跳躍という言い方が言わんとしている事柄は、なるほどわれわれの意識をすっかり変えはするが、なにやら混濁した朦朧状態へ押し込めるなどということはありえない。跳躍という言葉でもって意図されているのは、現代を世界史的に規定している思考が変革される、ということなのである。そのような変革がそもそもいつか起こりうるとすれば、そのためには、計算的思考となり果てている思考から離脱して跳躍することが必要である」(同書p135~136)。

 ハイデッガーが嫌悪する〝計算的思考〟から離脱、跳躍し人はその跳躍の仕方と行き先を決めなければならないが、それは人知を超えている。人ができるのはその準備だけだ、というのがハイデッガーの洞察である。それを次のように述べる。

 「この準備の要所は、われわれの思考にそれが離脱して跳躍するまで同行することにある。これは、極めて冷静<nuchtern>な任務である。ドイツ語でニュヒテルンとは、しらふ、つまり酒抜きという意味である。気の抜けた、とまではいわないが。ニュヒテルンというドイツ語はラテン語のノクトゥルヌス<nocturnus>が語源であり、つまり、夜の、という意味から来ている。いわば夜想曲<Nocturno>が、思考の根本-定立、すなわち思考がその没根拠の深淵へ跳躍すること、を準備するに当たっては問題となる。ここでの深淵とは、上述のとおり、思考にとっての没根拠の深淵、つまり、思考が変容をとげつつおのれに割り当てられた領域をそこに見いだす当の場にほかならない。だが、この没根拠の深淵は、われわれ死すべきものどもの近くにある。おそらく、われわれが思っている以上に。」

 このあとヘルダーリンの詩を引用して次のように述べるところが何ともハイデッガーだ。

 「よくよく注意しよう。死すべきものどもこそ、没根拠の深淵のほとりにまず到達するのである。つまり、死という山脈に住み、それゆえ死ぬことのできるわれわれ人間が、である。動物は死ぬことができない。生を終えるのみである。このことと、動物が物を考えられないこととは連関していよう。思考は、死との選択的親和性から生を享けている。」(同書p136~p137)

 このような戦後のハイデッガーの思索を神秘主義などという揶揄と混同してはならない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月 8日 (水)

アポパンティコス

 アポパンティコスとは古代ギリシア語の形容詞で、「何かそれ自身のほうからとり集めて前におくはたらきのこと」とハイデッガーは説明している。1957年のフライブルク講演の第2講演「思考の根本命題」で(2003年2月25日 創文社全集第79巻p129 森一郎訳)。それはロゴスというギリシア語の根本的な意味を説明する過程で論じられる。それはまたアリストテレスを熟読し西洋哲学の淵源から近代に至る視野の内で思索されるハイデッガー哲学の本質と関わる考察でもある。ハイデッガーは「ロゴスとはアポパンティコスであるかぎりは、何かを出現させることができるような、とり集めて前に置くはたらきのことなのである」(同書)と説明する。また次のようにも。「アポパンティコスという形容詞は、何かそれ自身のほうから現出させる能力がある、という意味である」。さらに、それはほとんど翻訳不可能であり、強いて訳せ(ドイツ語に)ば、「現前的にあり続けるものをそれ自身のほうから輝かせる、とでもするほかない」と述べる。そしてロゴス・アポパンティコスとは明示化(Darlegung)という訳語を提案する。「ただしその場合われわれは、明示して‐そこに現に<Dar-legen>という語のうちに、ギリシア語のレゲインの、顕れているものを前に横たわせる、という意味を同時に聞きとらねばならない(同書p130)、と述べる。このハイデッガーの言説・論説の音楽的に言えば通奏低音ともいうべき主張は現在のわれわれが熟考しなければならない内容を秘めている。その一端はこのブログで継続しているが十全ではないことは言うまでもない。

 それにしても、ここにはハイデッガーが主著『存在と時間』から一貫して思索、考察している、古代ギリシア人たちは、眼で物を考えていた、「すなわちまなざしによって思考していた」(同書p130)という強い主張が込められている。それは現代の私たちはまなざしによってではなく頭で思考している、とするハイデッガー哲学の基軸が明確に持続されている。このような戦後の講演でハイデッガーが『存在と時間』以来の思索の継続を聴衆に伝えているのを読むことは現在の様々な事象と照らし合わせて面白い。

 それは広くは現今の国際政治と諸外国の人々の現状、主張と、狭くは我が国の政治状況、マスコミを介して伝えられる現実や我が身の現実とも呼応する。アカショウビンの現実について少し伝えておけば、先日の尿道膀胱鏡検査で膀胱癌に侵されていることが発覚した。昨年の胃癌手術、今年3月の下咽頭癌の発覚に続き我が身は三つの癌に侵されているわけだ。もっとも癌とは悪性新生物という概念規定だから「新生物」との同居とも言える。その説明を拡げれば、人間の身体には膨大な微生物が生きているのだから、新たな新生物との同居とも理解されるわけだ。ともかく先月来の血尿の原因がわかったことだけでも新たな対応ができる。主治医はさっそく7月の手術を予定した。それと併せて下咽頭癌の治療も進めなければならない。こちらは既に喉のリンパ節への転移も一ヵ所確認されている。

 かような現実でアカショウビンの生活は継続されている。病理学的には余命の概算もできることだろう。しかし寿命は神のみぞしる領域ともいえる。残された時をどのように生きるかは本人の意思と意志による。

 先日、病院に行った帰りに神田の古本屋街に立ち寄り数冊古本を買い求めた。そのうち「『正法眼蔵随聞記』の世界」(1992年 大蔵出版)も興味深く読んでいる。著者は水野弥穂子さん。『正法眼蔵随聞記』の翻訳者の一人だ。岩波書店の『道元』の注釈者の一人でもある。翻訳過程の御苦労や出典資料に対する造詣の深さが知られ学ぶことは実に多い。

 新たな環境の生活で先日は同居人のご配慮で砧公園を散策した。退職した会社の仕事で近くには何度も足を運んでいたが訪れるのは初めて。聞けば女優の八千草薫さんもお見かけするという。しかし想像していた規模と大きく異なりその広大さと樹木、木々の偉容に感銘した。雨模様で来園者が少なくゆっくり散策できたのも幸いだった。樫や檜、桜などの巨木の間を歩く悦びは筆舌に尽くしがたい。病を気遣う同居人の配慮と併せて、此の世に棲む楽しみと奇遇に感謝し冥土の旅支度を粛々と進めよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月 3日 (金)

家に棲む

 故郷を出てからは高校の寮、大学、社会人になってからはアパート暮らしを続けてきたアカショウビンにとって一戸建ての借家・居候は初めての経験である。ハイデガーは「存在(有)は家に住む(棲む)」と譬えた。昨日は庭にゴーヤー(ニガウリ)を植え今朝は庭の木々にたっぷり水をやった。晴天の本日、さぞや植物たちは嬉しい声をあげているかもしれない。我が身も散歩と水やりで身体を動かした。

 一昨日のペット検査で喉のリンパ節に下咽頭ガンの転移が確認された。治療方針は二つ。外科手術と放射線・化学療法(抗がん剤)だ。主治医によるとアカショウビンの場合、泌尿器に異常があり、抗がん剤は難しいとの診断。来週早々の泌尿器カメラ検査を踏まえて治療方針を決定しようということになった。少し落ち込んだ。

 帰りはバスで大学図書館まで行き本を借りて来た。先日、通読したハイデガーの「人間的自由の本質について」に続き、読みさしの「論理学の形而上学的な始元諸根拠」、「「ブレーメン講演とフライブルク講演」、「根本諸概念」。二週間で読み終えられるかどうか。とにかく落ち込む気分を立ち直らせるには読書に集中するべし。

 人が家に棲むということは周囲の環境の中で暮らすということである。空と大地の間に神々と存在者(死すべき者たち)は棲む、と後期ハイデガーは四方界という概念を思索した。私という現存在は鳥、虫たち、植物たちと共存する。そのつかの間の時を大切にしよう。そのうち犬たちもやってくる。彼らと共にアカショウビンも余生を楽しもう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月 1日 (水)

新名人誕生

 「名人長二」で志ん生は橋本雅邦の龍虎を描いた作品を見た時の驚きを枕で語る。それが何とも面白い。志ん生の語りでそれを聞く私がまるで雅邦の作品を目の前にしているような気持ちにさせられるからだ。それで私は勝手に雅邦の作品を想像し志ん生の声と語りで生き生きと噺のなかに入り込んでいく。それは二人の名人の芸を楽しむが如しである。

 先日、将棋名人戦七番勝負の第五局目で新名人が誕生した。羽生善治名人を佐藤天彦八段がA級昇格一年目で名人位を奪取したのだ。これは谷川浩二(以下、敬称は略させて頂く)、羽生に次ぐ史上三人目の快挙。これにはアカショウビンを含め多くのファンが驚いたことだろう。佐藤がタイトル戦しかも名人戦で羽生を負かすのはもっと先の事と見ていたからだ。しかし今や安定期に入った羽生にとって昇り調子の若手ほど怖いものはないことは本人がもっともよく知っていたと思われる。実力の内容を計っているうちに負けてしまったという側面もあるだろう。しかし勝負の世界で負けは負け。将棋界はここで新たな主役級が登場し力の構図が変わった。

  名人という称号は芸事でもそうだろうが将棋界では特に絶対的な重みをもっている。それは米長邦雄が中原 誠に何度も挑戦し、その実力は棋界の内外で認められていながら勝てなかったのを名人位には将棋の女神の微笑みが不可欠と述べたことでも特別、格別なものとされている。

 佐藤新名人はひと晩明けてマスコミの取材攻勢を受けてんてこ舞いだろう。朝、起きるとぼくは有名になっていた、というところか。名人位は将棋界のカオである。公私ともに人間的器量が要求される。羽生もそのなかで現在がある。羽生との勝負にしてもこれからさらに熾烈な戦いが続けられるわけだ。そこでひと皮もふた皮も剝けた本当の名人が歴史に名を残す。アカショウビンもこれらの戦いを見るのは娑婆の楽しみで冥土への土産話になることまちがいない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2016年5月 | トップページ | 2016年7月 »