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2016年2月13日 (土)

懺悔道・メタノエティク

 以前、田辺 元を読み直す新書を紹介した。それは現在の政治状況に関わる先の大戦に関わった日本国の現在に影響する事柄と出来事とアカショウビンは解する。その書で興味を惹いたのが敗戦後の田辺の京都大学での最終講義ともなった〝懺悔道〟という論考だった。きのうから、その『懺悔道としての哲学』という田辺の哲学を4分冊の文庫にした一書を読み出し面白い。面白いなどと書いてはこの実直で生真面目な哲学者に失礼だろう。しかしハイデッガー読者のアカショウビンには実に生き生きと当時の哲学思想が展開されていて刺激されるのである。

 〝懺悔〟という用語から人はキリスト教的な悔い改めを想像するだろうが田辺はそれとは異なる意味で使っていることを最初に断っている。それは田辺哲学として現在まで熟思するに値することをアカショウビンは直感する。とりあえずタイトルの説明をしておけばメタノエティクとは田辺が依拠した親鸞仏教の立場と対立する西洋哲学の立場を明かしたギリシア語由来のドイツ語を使った造語である。

 いずれ通読してから感想と分析、批評を述べたい。

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