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2016年1月10日 (日)

疲弊する体力とささやかな抵抗

 昨年、入院している頃に大学時代からの友人M君が退院したら一緒に仕事をしたい、現在の事務所で来年(今年)は法人化する予定だという。退院後に何度か話を聞いた。殆どは囲碁ばかり打っていたが構想と具体的な仕事は了解し、求職活動の合間に手伝う準備もした。暮れ前に一度会う予定で朝にメールを送るとM君からでなく奥さんからだった。何と昨日、入院したという。病名は脳内出血。幸い生命に別条はない。ほっとしたが、その後何度か奥さんとメールでやり取りし病状を確認した。入院したのは有名な大学病院で、そこからリハビリで病院を移るらしい。ともかく、命拾いしたことは幸いだ。

 昨年の夏は仕事関連の知人が同じ脳内出血で急死された。アカショウビンは胃ガンが見つかり入院、手術で秋の終わりまで入院した。この歳になると身体に何が起きてもおかしくない。一瞬先は闇なのである。仕事を探しながらリハビリの食事に気をつかいの自炊生活は楽しくもある。しかし、たまに見つかる面接でお身体は?と聞かれれば正直に答えなければならない。すると相手の一瞬の表情の変化で合否がわかる。年明けはシルバー人材センターにも登録し仕事を探す。

 このような日常で読書の意欲にも欠ける。しかし読まねばならない本は幾つかある。 『1★9★3★7』(辺見 庸著 2015年10月27日 株式会社金曜日)で紹介されていた堀田善衛の『時間』(2015年11月17日 岩波文庫)や、他にも小説や評論など。それにハイデッガーの講義録。その感想を途中でも記しておけば読み終わってからの感想も書き易い。以下に備忘録を兼ねて記す。

 『時間』は辺見氏(以下、敬称は略させて頂く)が激賞している堀田の傑作。1937年の南京大虐殺(屠殺)を中国人の側から書いた作品である。辺見が復刊を促し解説を書いている。主人公は中国の裕福な知識階級の男。家族と従妹と暮しているときに敵(日本軍)の攻撃と占領で捕虜となる。しかし九死に一生を得て手記を書いたという仕掛け。それは私たちが本多勝一や鈴木 明など日本側からのレポート、評論、資料で読み取るものとは異なる新鮮な視角と描写に自ずからの感想を促す。

 小説は、『鳴るは風鈴』(木山捷平 著 講談社文芸文庫 2001年8月10日)。ユーモア小説である。入院後の気分を変えるには宜しかろうと衝動的に読みだした。大学時代以来の友人I君の推薦。表題作は昭和34年作。当時の風俗、人間模様がひょうひょうとした文体で綴られている。小津安二郎監督作品のユーモアにも通じる文体が面白い。「コレラ船」は戦後の引き上げ船内の話。過酷な話も著者の手にかかると深刻さが笑いにも転じる。作品の多くは五〇代の小説家の眼から見た日常である。そこに純文学とは異なる日本人の日常が巧みに描かれて心安らぐ。

 『患者よ、がんと闘うな』(近藤 誠 著 2000年12月10日 文春文庫)は日本のガン治療に一石を投じた書。月刊誌文藝春秋に連載されたものをまとめたもの。初出は1996年の春だが現在でも古びていない内容だ。これは先の友人M君から頂いた。全10章から成り様々な具体的な症例を専門家の眼から検証している。胃ガンのあと食道がんの治療もしなければならぬアカショウビンには実に参考になる。ガン患者だけでなく御家族や未病の人々にもお奨めしたい。

 『ドイツ観念論の形而上学』(2010年10月5日 菅原 潤 訳 創文社)はハイデッガーの1941年3学期のフライブルク講義その1、と夏学期のゼミナールをまとめたもの。『存在と時間』以後のハイデッガーの思索の深まりと、批判者への痛烈な反論が面白い。シェリングが自由に思索を深め悪にも言及する論説が興味深い。戦中、戦後のハイデッガーの思索、論説、行動を現在の世界情勢にも絡ませながら新たに読み直すべき書だ。翻訳は決して読み易くはない。しかし、その行間にハイデッガーの肉声と構想を読み取らねばならない。実際の講義、ゼミナールを聞きとった文章とは両方の耳と眼を澄まさなければ伝達されない。

 そのほか、レンタルDVDも観て笑いと涙と真面目な作品も凝視する。先日はフランク・キャプラ監督の戦前の作品も面白く観た。『失われた地平線』、『オペラ・ハット』、『群衆』など新たに観直すべき作品は多い。監督がイタリア移民というのは初めて知った。内容は米国生粋の人かと想像させたが意外。『日本一の男の中の男』(東宝 古澤憲吾監督)は久しぶりに観た。植木 等と日活の浅丘るり子の組み合わせが、なかなか面白い。植木のイケイケドンドンの猛烈サリーマンぶりは他作品のいい加減さに比べればやり過ぎの感もあるが1967年当時の東京の風景が興味深い。

 昨年から幾つかレンタルされているイングマル・ベルイマン監督作品も改めて観直している。本日は『仮面/ペルソナ』。キャプラとは異なる北欧の風土に繰り広げられる人間模様と監督の深い洞察はアカショウビンの怠惰な日常に喝を入れる効果甚大だ。

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