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2016年1月29日 (金)

純愛とは何か

 就活の合間はレンタルDVD三昧である。その中には初見の佳作も。『執炎』は浅丘ルリ子百本記念の大作。昭和39年の芸術祭参加作品というから日活が社運を賭けた作品ともいえる。2時間の長尺だが当時の女性たちが感涙しただろう蔵原監督の意気込みが伝わる。戦争に引き裂かれた若い男女の物語である。浅丘(以下、敬称は略させて頂く)の相手は伊丹一三(当時)。アカショウビンには『お葬式』などの作品で同時代の優れた監督として新作を楽しみにしていた人だ。それが俳優として熱演しているのが興味深かった。俳優としては『居酒屋兆次』の高倉 健の憎まれ役としての成熟した演技が想い起こされるが若い頃の発散するエネルギーが純愛物語に貢献している。

 それを観て考えるのは〝純愛〟とは何かという問いである。そのような恋愛とは映画だけの夢物語なのか、現実にもあった事なのか。恐らくそれは市井の人々にも多かれ少なかれあった事実であろうと思われるのは映画として成功した事になる。それは先の大戦で銃後を支えた多くの女たちの実生活を思えばそういう感慨に至る。先に感想を述べた新藤兼人監督の『一枚のハガキ』もそうである。戦争が引き裂いた純愛。それは新藤監督と先妻、乙羽信子の間にも生じた関係と思われる。

 同作は浅丘も渾身の演技で応えている。裸体も晒す熱演だ。それはともかく、このような作品を昭和39年の東京五輪の年に作るということは日本人の娯楽の主要な娯楽の一つだった映画というメディアの最後の仇花のようにも思える。今や先行き不透明とはいえ、戦火の国からすればユートピアのようなテレビのエンターテイメント番組全盛の現実を見れば此の国は平成元禄といってよろしかろう。アカショウビンは残念ながらこのような恋愛経験は経験はできなかったのが多少悔やまれるが人生なんてそんなものかもしれないと諦めるのである。

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2016年1月26日 (火)

現代音楽の不安

 西洋クラシック音楽という領域で20世紀から21世紀にかけての、いわゆる〝現代音楽〟がとっつきにくいものだ、という実感は若い頃から感じてきた。しかしアカショウビンはベートーヴェン、モーツァルト、ワーグナー、ヴェルディの作品を聴き続けてきて先般亡くなったピエール・ブーレーズを追悼する気持ちで彼や他の音楽家が指揮や演奏するシェーンベルク、ベルク、ヴェーベルンの作品を聴きながら以前とは異なる感想も生じたのでそれを少し辿ってみよう。

 それは存在論的にいえば人間の感ずる〝不安〟とは何か、という問いになる。先日、ヴァイオリニストの五嶋みどりさん(以下、敬称は略させて頂く)のN響との来日公演で演奏したショスタコーヴィチの協奏曲を聴いて感じたことである。その音楽の中にも〝不安〟は気分として音になっていた。今、改めてイ短調・作品99の協奏曲の別録音を聴いて改めて実感する。それは先の各音楽家たちの作品にも共通するもののように聴く。

 不安とは何か、それは人間が生きていることに困難を感じる時に生じる現象である。国家が戦争状態になれば多くの国民に生じる心理でもある。音楽家も時代を反映して作品を紡ぐ。それが先の音楽家たちの作品に聴きとれるのである。そういう意味では西洋音楽の伝統はグレゴリオ聖歌、バッハ、ハイドン、ベートーヴェン、モーツァルト、マーラーから先の音楽家たちに連綿として引き継がれている。しかし、それを受け継いだ浪漫派の音楽家たちから20世紀のシェーンベルクほかの〝現代音楽〟には或る断絶のようなものがある。それはソナタ形式に代表される古典的な音楽様式が現代音楽の音楽家たちのよって〝解体〟されたことによる。音楽家をはじめ芸術家と称される人びとは個と時代を反映する存在と言ってもよろしかろう。それをアカショウビンは彼らの作品を改めて聴いていて感じるのだ。ブーレーズの死ということは現代音楽の演奏と指揮、あるいは前世期初頭を生きたマーラー作品の指揮を聴き直し感じることである。

 もうひとつ踏み込んで言えば西洋の現代音楽は数学的な発想に基づいている。楽譜の音ひとつに数学的な基礎を置くのは既にバッハの音楽の中に萌芽が聴きとれる。それを集約していえば近代という時代区分の中で西洋社会に生じた現象ともいえる。それの是非はハイデッガーが生涯かけて論じている。

 それはともかく、現代音楽を聴きながら好きな映画を観、関心ある書物を読みながら生きるのがアカショウビンの日常である。

 

 

 

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現在は戦時か

 神奈川新聞のインタビューで辺見 庸氏が話している。若い記者で辺見の著書をどれだけ読んでいるかどうかはともかく、辺見の気迫に臆している様子は記者のナイーブさだろうが物足りない。そこで辺見は現在の日本は戦時だと断じている。それは、この10数年の日本の政治状況を見れば熟思しなければならない指摘だ。記者もジャーナリズムも多くのジャーナリストもそこまでの危機感はないだろう。もちろん日本国民も。むしろ昭和元禄ならぬ平成元禄を謳歌しているように見えるのはアカショウビンの錯覚だろうか。

 また朝日新聞1月21日の朝刊にも辺見のインタビューが掲載されている。安倍政権が戦争法(安保法)を本気の死に物狂いで憲法改憲に突っ走っている現実を辺見は危惧し現在が平時でなく戦時だと考えるのだ。その言や好し。記者は憲法改正に対する安倍政権への反対の国民の声の大きさは侮れないのではないか、と水を向ける。それに対し辺見は苛立つように「安保法制なんて、周辺事態法を設立させてしまった1999年から決まり切ったことじゃないですか」と答える。さらに記者がSEALDsのような若者の行動は新鮮だったと話すと、あれは「現象」だとは思うが、ムーブメント(運動)だとは考えていない、という発言にアカショウビンも共感する。そして欧米でのサミットに反対するデモが資本主義のあり方そのものに反対していることに日本との違いを指摘する。「日本とは『怒りの強度』が全然違う」と。さらに安倍政権が現状をこれ以上悪くすることへの反発は認めながらも「どこか日本的で、むしろ現状維持を願っている感じがしますね」とも。「怒りの芯がない」と言うのも現状に対するアカショウビンの認識と同じだ。現状は、かつての日本ファシズムと本質が変わっていない、という辺見の指摘も同意だ。それは辺見のいう「戦時」という判断を斟酌すればだが。それには多言を要する。辺見が依拠している丸山眞男の著作にもあたらねばならない、また丸山を批判した吉本隆明の論説も介さなければならないからだ。

 先日、「一枚のハガキ」という新藤兼人監督が2011年に公開した映画をレンタルDVDで久しぶりに観直した。監督が遺言のように残した傑作である。アカショウビンは当時、渋谷の劇場で観て、その完成度に感嘆した。寿命の尽きようとする人間が残したそれは遺言と言うしかない作品だ。先の戦争への一人の映画人の渾身の発言である。それは広島生まれの監督が終生こだわる先の大戦への違和と抵抗である。奈良の天理教本部に召集された100人のおっさん兵のうち94人が死に、生き残った6人のうちの一人が妻から受け取った一枚のハガキを戦友が死んだら自分は筆不精で書いても検閲で届かないかもしれないから、そのハガキを持って、お前の気持ちはわかった、と伝えてくれという願いを叶えるために戦友の妻を訪ねるという物語である。殆ど忘れていたカットも多かったが広島の神楽舞のシーンなど実に鮮烈で面白い。監督の強烈なメッセージが伝わる。それは初期の『裸の島』のシーンも回顧されていて正に新藤兼人の集大成の如き作品に仕上がっている。初見の時の感想にも書いたけれども個々の役者への不満はある。しかし、それを超えて新藤兼人という人の強烈な気迫とメッセージをアカショウビンは新藤作品を見続けてきて痛感した。多くの人に観て頂きたい作品である。

 それはともかく、辺見 の近刊『1★9★3★7』(辺見 庸著 2015年10月27日 株式会社金曜日)は出版社を変えて増補版が刊行されたらしい。その増補箇所には興味がある。その感想は後日。

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2016年1月24日 (日)

体験版 医療の現在Ⅳ-①

 術後の体調は食べ過ぎると吐きそうになる。先日は知人と会うことが続き、アルコールも入る。つまみ程度では、さしたる不調も生じないが駅の立ち食い蕎麦でも腹が痛みだす。仕事からみの業界会長の訪問時にもそうだった。その後に知人と飲み屋で一杯やったあと立ち食いで蕎麦でなくウドンにしたらそうでもなかったが。

 昨日は若い友人と大衆演劇を観に行く約束をしていたが昼間に自炊して食べ過ぎたら、てきめんに吐きそうになり約束を延期してもらった。専門機関の説明ではダンピング症候群というのだそうだ。確かに入院時にも2~3回経験した。胃腸がいっぱいで消化ができないという事だろう。退院し日常生活のなかで自炊し調整するのだが、時に不摂生になる。きのうも散歩をせず苦しいなか吐き気を逸らすため床に着いて凌いだ。

 どれだけ体力が回復するかは自らの意志しだいということだろう。それには薬に頼るのではなく、食事と歩いて調子を整えるしかない。外の風と空気に身体を晒し五感で己の生を実感し体得し〝世界〟に反照させるのだ。それは見聞きする〝投げ込まれた〟此の世の現実で時々刻々体験するしかない。

 友人から頂いた招待券で映画も観て読みさしの本も熟読し感想と意見を述べなければならない。それは娑婆という此の世ので経験する果実の如きものだからだ。

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2016年1月23日 (土)

不眠の夜に

 今年は開高 健の生誕85周年の年で文芸誌が特集を組んでいる。そうか、生きていれば85歳か。亡くなった報道を知った時は早すぎる死が意外だった。高校から大学にかけて開高の読者だったアカショウビンは早すぎる死が無念だった。同時代を生きた作家の死は開高の場合、戦死と言ってもよいかもしれない。ベトナム戦争に新聞社の特派員として派遣され激戦の渦中で書き続けたレポートは出色のものとしてアカショウビンは小説作品と共に夢中になって読んだ。昨年は『ハンナ・アーレント』という映画が公開された。その中でアイヒマン裁判のもようが実写で挿入されていて開高が書いたルポルタージュを読み直した。「裁きは終わりぬ」という文章だ。先日読んだ辺見 庸氏(以下、敬称は略させて頂く)も読んだであろう。それは作家として、ジャーナリズムの中で生きる者として共通の論考として読める。

 辺見によれば日本国の現在は、既に戦時である。簡単に言えば戦争は始まっているという認識である。多くの日本人が何をバカな、という感想であろう。多くのマスコミもそうであろう。しかし、この十数年の辺見の発言、著作を読めば、それは納得できる判断だ。時の政権の横暴と傍若無人ぶりは国会中継の茶番のような質疑応答を見れば瞬時に判別できるだろう。男たちの多くの国民はテレビなど見られない。生きるために仕事をし家族を養わなければならないからだ。それは働く多くの女性でもそうである。アカショウビンのように失業のために毎日が日曜日のような者も珠に見るテレビだ。しかし、しばらく観ているとアホらしくなり電源を切る。そんなことより就業に向けて履歴書を書き、面接に足を運び疲れるのだ。還暦を過ぎた男に仕事はないよ、というのが世間的常識というが、そんな〝常識〟で片付けられてはたまらない。借金だけで此の世を去るわけにはいかない。

 それはともかく、現在に生きる緊張感を持続するためには日々の食事、昨年の手術後のリハビリをかねた散歩が必要だ。毎日歩く用水路周辺の景色は此の世の名残りの如き景観である。カワセミは久しく見かけない。しかしアカショウビンもカワセミも生きるためには食べなければならぬ。病に罹ったのも食わずにアルコール浸りが原因の一つとなったかもしれぬ。それは自ら調整し、抑制しなければならない日常だ。

 辺見の近作、以前の著作、現在のコメントに関しては継続して考察していく。新聞紙上ではインタビュー記事も読んだ。開高の論考の新たな読み直しと武田泰淳や堀田善衛の作品の読み直しと共に発言していきたい。そのためにアカショウビンには映画と音楽が不可欠である。先ごろ逝去したピエール・ブーレーズの録音と旧作映画、新作映画の再見、初見は継続しなければならない。本日は『銃殺』(1964 年・ジョセフ・ロージー監督)を興味深く観た。感想は後日。明日の夜明けは6時47分。少しは早起きしてカワセミとも再会したい。

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2016年1月21日 (木)

新作映画、「失われた歌声」

 先週、友人から頂いた招待券で渋谷の映画館へ。久しぶりに訪れる劇場だ。いつか新藤兼人監督の新作を観た劇場だ。今回は西アフリカ・マリ共和国を舞台にした作品。フランスのセザール賞を7部門受賞したという。フランスでは百万人が観たらしい。パンフレットの宣伝文句は「全世界が慟哭した」、とか。監督はアブデマラン・シサコ。アカショウビンは初見である。昨年のアカデミー賞で外国語映画賞にノミネートされた、というのでは観ないではいられない。ところが劇場の観客は上映前に7~8名、上映開始には10名くらいしかいない。そのためスクリーンに集中できたのは幸い。舞台は世界遺産の美しき街、西アフリカの古都マリのティンブクトゥ。原題はそのティンブクトゥ。邦題は『禁じられた歌声』だ。

 2012年にマリ北部の町、アゲホルクで実際に起きた事件に触発されたシサク監督が映画製作を進めた、と解説されている。事件とはイスラム過激派による若い事実婚カップルの投石公開処刑だ。登場するトゥアレグ族は元が遊牧の民でイスラム社会でも珍しい女系社会という。その地で音楽やスポーツを愛する人びとが住む地にイスラム過激派の影が落ち始めたのは21世紀初頭らしい。砂の土地の景色はあの『アラビアのロレンス』を想起させる。あの砂漠の砂の美しさは格別だった。ピーター・オトゥール扮するロレンスが拳銃を片手に咆哮し軍を率いるシーンは輝かしく脳裏に残っている。そのような記憶を呼び起こすシスコ監督作品はアラビアと異なる西アフリカの砂漠の光景で展開する物語だ。それは悲劇であるが現在も世界の各地で起きているものだろう。それを監督は映像にした。それに多くののフランス人たちが反応した。それはパリでのテロとなって現実に起きた。現実は映画となり映画は現実となる。

 音楽も効果的だ。民族音楽の素朴さは洋の東西南北を問わない。我が奄美の古謡ともそれは共振してしている。素朴とは何かという問いも生じるがそれはさておく。

 本日は読みさしのハイデッガーを読み継ぐ。『論理学の形而上学的な始元諸根拠』は、1928年夏学期のマールブルク講義である。副題は‐ライプニッツから出発して‐。「存在と時間」を刊行してさらに思索を持続するハイデッガーの声が響いてくる。ライプニッツを精読し、その思索を受け継ぎ解体することで新たな視界を開こうとするハイデッガーの意志が伝わる。我が国ではライプニッツ研究の第一人者、下村寅太郎の著作も思いだす。アカショウビンは、氏の日露戦争時の東郷平八郎提督率いる帝国海軍とロシア・バルチック艦隊の日本海海戦を分析した著作が面白かった。『世界の名著』(中央公論社 昭和41年)の第25巻はライプニッツとスピノザである。その付録で下村氏と古田 光氏が対談している。下村氏は昭和13年に『ライプニッツ』を書き、ライプニッツの論理学と数学に関心を持っていた、と話す。そして現在(昭和41年頃)は、政治とか宗教とかいう実践的な方面に自ずと関心が移っている、と述べている。下村氏も当時のハイデッガーに触発されただろう。アカショウビンも『モナドロジー』を読みながらハイデッガーの思索を辿っていこう。

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2016年1月15日 (金)

忘却と想起

 先の辺見 庸氏(以下、敬称は略させて頂く)の 『1★9★3★7』(辺見 庸著 2015年10月27日 株式会社金曜日)で紹介されていた堀田善衛の『時間』(2015年11月15日・岩波現代文庫)と『汝の母を!』(昭和46年9月20日・武田泰淳全集第5巻・筑摩書房)を読み終えた。岩波版には辺見が解説を書き堀田作品の新たな解読を読者に促している。それは現在の若い読者に歴史を省みることも促す。

 またアカショウビンは本日の国会中継を散見し、此の国の現在を自らの生を省みながら再考、再々考する。それにしても辺見と同じく暗澹たる思いに浸らざるをえない。それは、辺見の同書と堀田、武田の作品を読み感ずる気持である。戦争とは時にのんびりとした日常でもあり時に異常な凄惨さも生じ、人間の本質が問われる場でもある。その模様が武田の小説にも堀田の小説にも描出される。

 虐殺、放火、略奪、強姦する日本軍(皇軍)の、その場に自分がいたとしたら、と辺見は思索する。それは父親の過去を通して。堀田の作品が戦後の〝自由〟な言論の中で誹謗、中傷されたのでないかと現在の政治状況も加味し危惧するが、戦後十数年、高度成長の活気のなかで、幸か不幸か、それほどの話題にもならなかったことに辺見は複雑な思いにもなったことだろう。それは苛烈で酷薄な歴史事実に対し当時と現在の状況の変貌によってその歴史事実が新たな相貌で現在に問いかけている事を辺見は指摘する。その問いにアカショウビンも同意する。同作が最後に仄明るい希望を託しているところに幽かな希望の如き光が射す思いに駆られた。そこには堀田の哲学的な洞察も込められている。それは改めて熟考しなければならない領域である。しかし現在を見れば忘却と隠蔽は明らかだ。新たな想起が必要だ。

 この著書だけでなく辺見の洞察、危惧は一連の著作に明らかである。辺見の視角からすれば、現在の政治状況は、此の国で既に戦争は始まっている、のだ。それはアカショウビンの視角では、悪とは何か?という問いになる。抽象的だが歴史事実を省みれば人間の本質にかかわる問いが発されるのではないか。それは文学・思想・哲学を超えて人間という生き物が思索・考察しなければならぬ問いである。それは洋の東西南北を超えて此の惑星で生きる生き物が人間という制約を超えて思考すべき領域である。

 堀田は此の作品になぜ『時間』という表題を付けたのか。それは出版社や周辺の人たちの意向もはたらいただろう。しかし内容は中国の南京で起きた歴史事実である。それを堀田は日本人ではなく自らを中国人に置き換えて書いた。出版された1955年当時の評価を辺見は加味しながら、その当時と現在の状況の変化を憂える。その感想と解説にアカショウビンも共感する。我々が生きている現実は辺見の言うように呆気にとられるほど変貌・変質している。多くの国民はそれに疎いのではないか?辺見の憤りと怒りはこの著作に横溢している。しかし、日本国民はあまりにもノホホンとしている。その現実に、あなたやわたしは気付かないだろうか?そうであれ、そうでないにしろ、過去と現在は現実に変貌する、あるいは変貌している。

 辺見が紹介している武田の作品は開高 健が解説を書いている。開高が若い頃から武田の読者だったことは初めて知った。その幾らか晦渋な解説の文章のなかには開高の先輩作家への畏敬を込めた真摯な気持ちが読み取られる。それを辺見は読み、開高の文章に違和感をもつのだろう。それは現在の読者が、それぞれ沈思、熟考、黙考すべきことだ。

 それにしても、過去と現在の日本人の歴史事実に対する、あまりにも能天気ぶりには我が身を含めて再考、再々考しなければならないことを痛感する。その暗澹たる思いに浸るのは辺見ばかりではなく、幾らかのニッポンジンもいることを期待するのだが。

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2016年1月10日 (日)

疲弊する体力とささやかな抵抗

 昨年、入院している頃に大学時代からの友人M君が退院したら一緒に仕事をしたい、現在の事務所で来年(今年)は法人化する予定だという。退院後に何度か話を聞いた。殆どは囲碁ばかり打っていたが構想と具体的な仕事は了解し、求職活動の合間に手伝う準備もした。暮れ前に一度会う予定で朝にメールを送るとM君からでなく奥さんからだった。何と昨日、入院したという。病名は脳内出血。幸い生命に別条はない。ほっとしたが、その後何度か奥さんとメールでやり取りし病状を確認した。入院したのは有名な大学病院で、そこからリハビリで病院を移るらしい。ともかく、命拾いしたことは幸いだ。

 昨年の夏は仕事関連の知人が同じ脳内出血で急死された。アカショウビンは胃ガンが見つかり入院、手術で秋の終わりまで入院した。この歳になると身体に何が起きてもおかしくない。一瞬先は闇なのである。仕事を探しながらリハビリの食事に気をつかいの自炊生活は楽しくもある。しかし、たまに見つかる面接でお身体は?と聞かれれば正直に答えなければならない。すると相手の一瞬の表情の変化で合否がわかる。年明けはシルバー人材センターにも登録し仕事を探す。

 このような日常で読書の意欲にも欠ける。しかし読まねばならない本は幾つかある。 『1★9★3★7』(辺見 庸著 2015年10月27日 株式会社金曜日)で紹介されていた堀田善衛の『時間』(2015年11月17日 岩波文庫)や、他にも小説や評論など。それにハイデッガーの講義録。その感想を途中でも記しておけば読み終わってからの感想も書き易い。以下に備忘録を兼ねて記す。

 『時間』は辺見氏(以下、敬称は略させて頂く)が激賞している堀田の傑作。1937年の南京大虐殺(屠殺)を中国人の側から書いた作品である。辺見が復刊を促し解説を書いている。主人公は中国の裕福な知識階級の男。家族と従妹と暮しているときに敵(日本軍)の攻撃と占領で捕虜となる。しかし九死に一生を得て手記を書いたという仕掛け。それは私たちが本多勝一や鈴木 明など日本側からのレポート、評論、資料で読み取るものとは異なる新鮮な視角と描写に自ずからの感想を促す。

 小説は、『鳴るは風鈴』(木山捷平 著 講談社文芸文庫 2001年8月10日)。ユーモア小説である。入院後の気分を変えるには宜しかろうと衝動的に読みだした。大学時代以来の友人I君の推薦。表題作は昭和34年作。当時の風俗、人間模様がひょうひょうとした文体で綴られている。小津安二郎監督作品のユーモアにも通じる文体が面白い。「コレラ船」は戦後の引き上げ船内の話。過酷な話も著者の手にかかると深刻さが笑いにも転じる。作品の多くは五〇代の小説家の眼から見た日常である。そこに純文学とは異なる日本人の日常が巧みに描かれて心安らぐ。

 『患者よ、がんと闘うな』(近藤 誠 著 2000年12月10日 文春文庫)は日本のガン治療に一石を投じた書。月刊誌文藝春秋に連載されたものをまとめたもの。初出は1996年の春だが現在でも古びていない内容だ。これは先の友人M君から頂いた。全10章から成り様々な具体的な症例を専門家の眼から検証している。胃ガンのあと食道がんの治療もしなければならぬアカショウビンには実に参考になる。ガン患者だけでなく御家族や未病の人々にもお奨めしたい。

 『ドイツ観念論の形而上学』(2010年10月5日 菅原 潤 訳 創文社)はハイデッガーの1941年3学期のフライブルク講義その1、と夏学期のゼミナールをまとめたもの。『存在と時間』以後のハイデッガーの思索の深まりと、批判者への痛烈な反論が面白い。シェリングが自由に思索を深め悪にも言及する論説が興味深い。戦中、戦後のハイデッガーの思索、論説、行動を現在の世界情勢にも絡ませながら新たに読み直すべき書だ。翻訳は決して読み易くはない。しかし、その行間にハイデッガーの肉声と構想を読み取らねばならない。実際の講義、ゼミナールを聞きとった文章とは両方の耳と眼を澄まさなければ伝達されない。

 そのほか、レンタルDVDも観て笑いと涙と真面目な作品も凝視する。先日はフランク・キャプラ監督の戦前の作品も面白く観た。『失われた地平線』、『オペラ・ハット』、『群衆』など新たに観直すべき作品は多い。監督がイタリア移民というのは初めて知った。内容は米国生粋の人かと想像させたが意外。『日本一の男の中の男』(東宝 古澤憲吾監督)は久しぶりに観た。植木 等と日活の浅丘るり子の組み合わせが、なかなか面白い。植木のイケイケドンドンの猛烈サリーマンぶりは他作品のいい加減さに比べればやり過ぎの感もあるが1967年当時の東京の風景が興味深い。

 昨年から幾つかレンタルされているイングマル・ベルイマン監督作品も改めて観直している。本日は『仮面/ペルソナ』。キャプラとは異なる北欧の風土に繰り広げられる人間模様と監督の深い洞察はアカショウビンの怠惰な日常に喝を入れる効果甚大だ。

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2016年1月 3日 (日)

1937年の米国映画

 年明けから気力が満ちずダラダラと過ごした。年末は友人のN君と会い食事。その前は知人と都内で忘年会。元旦の夜は恒例のウィーン・フィルのニューイヤーコンサートを聴きながら寛ぐ。マリス・ヤンソンスという指揮者は数年前に初登場しシュトラウス親子の珍しい作品を演奏しアカショウビンも愉しんだ。その後は日本へも来てベートーヴェンの交響曲全曲演奏会を開いた。その幾つかは友人が録画してくれたDVDを送ってくれて面白く聴いた。しかし今一つ気力が湧かない。就職活動のため履歴書も書かねばならない。

 そこで、きのう借りてきたDVDを観て幾らかブログを更新する切っ掛けを掴んだ気がした。作品はフランク・キャプラ監督の『失われた地平線』(1937年公開)である。レンタルショップに行っても借りたい気力が湧く映画がない。あれこれ物色するうちに、この作品と『オペラハット』を見つけたという次第。完成度は高いとはいえない。当時のフィルムの完全版は失われている。それを復元したものがこれである。1937年の公開時は132分の上映時間。やがて107分の短縮版が上映されたようだ。ところが1967年にはオリジナルネガが完全に損傷し完全版のフィルムも消失。それを1973年、ソニーピクチャーズとUCLA研究所が最新のデジタル技術で完全版復元に着手。世界中に散らばったフィルムを探し出して丹念に比較検討し7分間の映像が発見されないまま、俳優たちのスチール写真で構成し125分の映像と132分のサウンドトラックを復元した、と冒頭に説明されている。本編は先の大戦が始まる前の中国。主人公はイギリスの外交官。彼は戦争が始まり戦火を避けようと空港に殺到する群衆から英・米人を優先し飛行機に乗せる事に奔走する。冒頭のシーンは実にテンポの良いカットで映像に観る者を引きつける。

 この作品は戦争に突入する前後に米国で撮られた。しかも公開されたのが奇しくも1937年。先のブログで紹介した辺見 庸氏の『1★9★3★7★』の舞台となる1937年である。皇軍(日本軍)が南京で虐殺を繰り広げていた年に米国の映画監督は中国の別の場所でこのような映画を撮影していた。一方で同じ年、ドイツではアーノルド・ファンク監督が16歳の原 節子をヒロインに日本に取材し『新しき土』というプロパガンダ作品を作りドイツで大好評だった。このような出来事は偶然であると同時に必然と思われる。それは世界史という枠組みの中で人間たちに生じた出来事である。

 この作品の内容は欧米人の不可思議で神秘的な東洋という興味に駆られたものだ。それはドイツ人のアーノルド・ファンクにもある。何せ日本は火山の恐怖のもとに暮す民族として描かれているのだから。キャプラにとっては東洋とはユートピアである。その地名はシャングリラ(桃源郷)。騒乱の中国から飛行機は上海を経由しロンドンへ戻る筈がチベットへと飛行機は向かう。そこで遭遇する物語がこの作品のメッセージである。欧米社会とは異なる世界が東洋に存在しそれは欧米人が省察し考察し新たな世界に変えていくモデルとなるべき場所と人々として描かれる。戦争の悲惨もなく人びとは穏やかに長寿を保ち生きている。主人公がシャングリラを統治する賢者と対話する場面にはこの作品の強いメッセージが込められている。賢者は次のように述べる。

 「どんな人間でも一生の中で永遠をかいま見る瞬間がある、というあなたが書いた一文に私たちは感動し、あなたを誘拐し招いたのだ」、と。そして、この200年の寿命を長らえている賢人はベルギー人の神父なのだが、さらに主人公に話し続ける。「君が人生で生きていくのはせいぜい、20年か30年だ」。それに主人公は答える。「人生には生きる目的が必要です。目的がないのならば人生も無意味です」。それにぺロー神父は答えて言う。「私はかつて夢を見た。あらゆる国家が強力になる。知的にではなく、俗悪な情熱と破壊欲においてだ。兵器のパワーは増し、一人の武装兵士の力が殺しのテクニックを楽しむようになり、その風潮が世界に広まる」。

 それは、まるで現在の世界を予言しているではないか。というよりも、既に20世紀に入る前からそれは準備され明敏な人々には予測されていたことである。それは辺見氏が警告する日本の現在も南京の1937年も同じ位相で見はるかす視角が必要ということでもある。ペロー神父は世界が突進している宿命から守るために世界中の美術品や文化的な遺産を収集した。人びとの熱病を止めなければ残忍さと権力欲が自らの刃で滅びなければいいが、その時のために私はこうして生き長らえている、と語りかける。「強者が互いを滅した時に人間らしい倫理が成就される。温和な人々が、この地球を受け継ぐのだ」と主人公に伝えペロー神父は息絶える。

 そのメッセージは先の戦争に対するキャプラの意志でもあろう。それは現在の我々に世界とそこに生息し生きる人類に改めて熟考を促さないだろうか?アカショウビンは、このメッセージに回答し残り少ない娑婆での人生を生きるわけだ。その際の導きの糸となる思索は次のような思索に刺激され促される。

 われわれが、導きの糸として受け取られた根本命題である「現‐有の「本質」はその実存のうちにある」を今こそ改めて徹底的に思索すると、以下のことが生じる。すなわち、『有と時』の意味で考えられた「実存」が見通されるのは、問いが現‐有に向かう場合に限られるということである。そして現‐有が問われるのは「有の意味が問われるからである。(『ドイツ観念論の形而上学(シェリング)』 ハイデッガー著 創文社 p56)。この1941年にフライブルクで行われた講義の中でハイデッガーは自らの著書に加えられた批判と誤解に繰り返し回答し未完の著作で提出された問いを再認し、さらに問いと回答を提出している。それは難解だが実に生き生きと著者の思索を強く読者に伝える。新たな年にアカショウビンも衰える体力に抗しながら共振し考察を続けていきたい。

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