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2015年12月 8日 (火)

三島由紀夫論の補足②

 三島由紀夫については文学作品と思想行動の両面から論じられなければ全容は理解されない。文学者しての業績が先行するのは当然。だが作家が時代の現実と切り結ぶうえで思想や言動、発言は多くの社会的関心を呼ぶ。アカショウビンも三島の文学作品と思想行動、自決の陰惨さからからこの作家に興味をもった。人は生息している時代状況の中で生きている存在である。高校生といえど同じである。それは現在の政治状況を見ればわかる。集団自衛権や沖縄の現状に対して若い人たちの強い関心は周知の通り。アカショウビンも三島が自決した1125日は新聞各紙を読む。今年の東京新聞は29面の社会面に三島の裸体像にかかわった彫刻家の吉野毅さん(75歳)に取材している。

 このブログを始めた2005年の記事を再掲して改めて戦後の歴史の一幕を介してアカショウビンは生きてきた時代を想起する。

 2005年の11月の毎日新聞では、松本徹氏が「多様な応答がはじまった」という題で三島由紀夫没後35年の感想を述べている。上映中の「春の雪」を「「快い驚きであった」と評価し「三島が生命を投げ出して訴えた諸問題-憲法改正、防衛、天皇等々-を政治の次元だけでなく文学、演劇、さらには文化全体との係わりにおいて捉えなおすことになるだろう」と述べている。

 アカショウビンは815日のブログで、三島由紀夫が1969年5月13日、東大全共闘とのパネル・ディスカッションで提出した五つの問いを紹介した。①暴力否定は正しいかどうか②時間は連続するものか非連続か③三派全学連はいかなる病気にかかっているのか④政治と文学との関係⑤天皇の問題

 三島の「左翼革命が実現する可能性へ」の危機感がつのる過程でのこれはやりとりである。三島独特の揶揄と生真面目さによるものと推察されるが、アカショウビンにとって、この問いは現在まで、どれほど継続されているだろうか?その中で現在までアカショウビンが関心を持続しているのは②と④それから⑤である。その詳細は後に述べるとして前回の松本氏(こちらは健一氏)の著作に書かれている北一輝と三島由紀夫に関わる論説は興味深かった。

 『國家改造法案大綱』で北が提案した国家の姿は既に戦後憲法で実現しているというのが松本氏の認識である。北と三島は立場こそ違え国家と対峙した個として、この国の歴史に特筆される人物とアカショウビンは了解している。「予言的思想家」としての北一輝は戦後、国家から封殺され保田與重郎も三島由紀夫も、それから『昭和天皇』でハワード・ビックス氏もほぼ黙殺したのである。その事に対する松本健一氏の違和感をアカショウビンも共有する。

  

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