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2015年10月 9日 (金)

体験版 医療の現在Ⅱ‐⑨

 前のブログに若い読者から批判があった。曰く、「所有意識が半端でない」、「欧米的な価値観」と断じている。それだけでは詳細がわからない。それは後にお聞きするとして、医師たちに対するアカショウビンの罵詈雑言が彼の思想信条に障ったことは確かだ。彼は自称、任侠ナショナリストである。その意気や好し。国会のデモにも参加だか見物だかに行った。反米である。基礎にあるのは仏教らしい。先日も来日した高名な僧侶の講演会に出席し感銘したようだ。

 そのような思想・信条の概略から察するとアカショウビンとは多くで同じだが当然異なるところもある。批判の肝と思われる「欧米的な価値観」についてはアカショウビンの批判の対象でもある。

 それはともかく、アカショウビンが先の病院側の処置・治療に憤激を感じたのは何とも荒っぽい彼らの動きのひとつひとつである。まるで無生物を扱うような感情を殺した表情と所作。それを患者が呻き叫んでいるのに実に横柄に作業を進める。現在の歯科治療はきょくりょく痛みを抑えることで大きな成果を上げている。なぜ歯科治療で可能で外科の、しかも手術でもない処置で患者の痛みを無視するのか。それは外科医たちの特権なのか、未熟なのか。両方であろう。外科医は医療の〝花形〟なのだろう。しかし、それは単なる技術的に優れていることだけに過ぎぬかもしれない事に盲目であってはならない。医療器具を縦横に扱えることは人の技術として高く評価される。しかし、それは医療の、医学の根本的な問題とは関係ないといってもよいのではないか。

 無表情で、いくらか横柄な顔つきの医師たちの表情をみていると、つくづく人間という生き物は表情のひとつひとつに、その人間のもつ本質、能力、限界の如きものが瞬間に現れてしまうものなのだなと実感するのだ。

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コメント

アカショウビンさん、この前はどうもでした。ちなみに私は任侠リベラルですよ!(笑)。
リベラルだけど、理論ではなく情念や情動のような非合理性に軸足を置いているのです。

以上、出張先の新潟からでした!
また飲みましょう!

投稿: その若い人 | 2015年10月 9日 (金) 午後 05時36分

その若い人さん
 早速のコメントありがとうございます。ナショナリストとリベラルでは、えらい違いですね。陳謝します。「理論でなく、情念や情動のような非合理性に軸足をお」くのスタンスに私は共感します。
 新潟とは遠方への出張で。新潟は私も仕事でよく行きました。お酒も肴もおいしいですね。飲み過ぎないように。こちらは、いつ飲めるようになるやら実に心もとないかぎりです。

投稿: アカショウビン | 2015年10月10日 (土) 午前 06時01分

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