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2015年10月30日 (金)

体験版 医療の現在 Ⅲ‐⑥

 明日、退院することになった。9月16日以来、46日間。ずいぶん長引いた。当初は2週間という予定。その間に見舞いにきて頂いた友人は未だ退院していなかったの、という方もいらっしゃり恐縮。連絡しようにも再治療で体調悪く、電話やメールする気力がなかった。この場を借りてお詫びする。

 まだ手術の傷は癒えたわけではない。体調も回復したわけではない。食後のむかつきは胃薬を必要とする。入院中に受けた鎖骨中心静脈の点滴の注射跡は痛みが消えない。手術後に症状がひどくなった左肩の痛みと左手指の痺れも相変わらず。きのうは先週のMRIの結果を整形外科で聞いたがまるで要領を得ない。五十肩ですから一年くらい様子を診てみましょう、お薬を出します、という何ともいい加減としか言いようがない診断だ。

 それなりの治療に感謝しながらも不満はある。それは現代医療の到達点と今後という視角で改めて論じよう。とりあえず7月1日から2週間、9月16日から46日間の二度の入院の体験はこのブログに逐次レポートした通り。都内の総合病院での経験を介した現代医療への批判と展望は患者として義務の如きものである。余生がどれくらいあるか知らないけれども書き記しておかねばならないことは多々ある。

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2015年10月26日 (月)

体験版 医療の現在 Ⅲ-⑤

 本日で入院以来41日目。2週間の予定が何とも長引いた。しかも退院予定は未だたっていない。朝夕は寒さも一日一日増してくる。明日は一時外出願いを出し娑婆の空気を久しぶりに吸っておきたい。

 このところ気になっているのが食事と朝の医師たちの回診である。医師たちにとって栄養士が配慮する食事は自分たちとの仕事とは別物である。また毎日の回診は流れ作業の如きものである。それは彼らの仕事のひとつとして組み込まれてはいても患者の側からすれば最新の気配りのもとにされているものか単なるルーティンかは一瞬で判別できる。総合病院というシステムは工場と同じで分業と縄張りで組織されている。分業と言えば産業革命以来の工業用語だが、それは広く社会システムに及んでいる。それは効率化という名目のもとに我々の生活習慣にまで。近代以前には生存競争の名残りとしての生物的な縄張り争いがそれに加わると話は語るに堕ちる。医師たちは看護師たちを差別し、看護師は清掃の人々を差別する。酷に言えば、と言うより体験的経験的に事実だが、医師は患者を差別する。

 差別という言葉は妥当かどうかはさておく。しかし立場の違いに差異は厳然とある。しかもそれは支配と被支配関係である。患者は医師や看護師から支配される存在だ。そこに倫理規制はあっても厳格ではない。少なくとも現実では。それは倫理という概念がこの社会に馴染んでいないからだろう。少なくとも日本では道徳という言葉が戦後しばららくまでは共通の理解だったろう。少なくともアカショウビンが小学生のころまではそうだった。それが中学生になったころから倫理という言葉がそれに取って代わった。

 何も道徳を持ち出して保守的な論説を展開しようというのではない。しかし先のフーコーの視点に立てば戦後にそれまでと根本的に変わった言説空間が生じたことは間違いない。それはこのブログでアカショウビンが存在論の枝葉として時に論じる情勢論であるが、ここはその場ではない。

 病院というシステムは西欧化した日本が幕末明治維新以来、戦後は敗戦によりさらに拍車をかけて欧米で進展した近代化という人類史の一こまの中で現実で機能しているものである。そこに流れ作業という工場システムのような非人間的な行為が現実的に日常化していることへの批判は明確にしておかねばならない。先のフーコーの指摘はそこで未だに有効で示唆的だ。それは存在論として新たな展開の可能性をもつ。

 娑婆での限りある生のなかで病は死と向き合うということである。手術で生還はしても余命は健常人からすれば遥かに限られている。その間に隠蔽された事柄、これまで明らかにされてこなかった事柄があれば、それは必ずや明るみに出さねばならない。

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2015年10月23日 (金)

フーコーの、空間の再構成

 M・フーコーが『臨床医学の誕生』で、「現代医学は、その生誕期を18世紀末の数年間、と自ら規定した(同書p5)」と書いた前段で、この書の思想的な姿勢をよく説明している箇所があるのでそれを引用しておこう。

 話しかた(ディスクール)に変化が生じたとき、その変化を把握するためには、恐らくその主題の内容や、論理のありかた以外のものを問うべきなのであろう。つまり、「もの(レ・ショーズ)」と「ことば(レ・モ)」がまだ分離していない領域、ものの見方とものの言いかたとが、言語活動(ランガージュ)の起源とすれすれのところで、まだ互いに結びついている領域に問うべきなのであろう。発言されているものと、黙(もだ)されているものとの区別に対して、見える者と見えないものとの根源的な区分がどの程度結びついているのか、その結びつきの度合いに応じて、見えるものと見えないものとの根源的な区分を問わねばなるまい。そうすれば、医学的言語(ランガージュ)とその対象とが、単一な形態としてあらわれてくるであろう。しかし過去にさかのぼって自己に問うことをしない者には、何の特権も与えられはしない。明るみに出すに値するものとは、ただ、知覚されたものの、語られた構造だけである。この明るみとは、故意に未分化なものにしておくべきものである。つまりこれは、一つの充実した(強調の読点が付記)空間であって、その奥の凹み(これも読点)の中で、言語はその容積と尺度をくみとるのである。病的現象が根本的に空間化(これも読点)され、言語化(読点)されるレベルにわれわれは自らを置き、そして、今や何としてもそこに身を保ちつづけなくてはならない。医師は事物(もの)の有毒な中心にむかってまなざしを注ぐが、上述のレベルこそ、医師の多弁なまなざしが生まれるところであり、これが静思するところでもある。(p4)

 また次の段で、「太古以来のまなざしが、人間の苦悩のうえにじっと注がれたとき、そこに明らかな、秘密な空間が開かれたが、この空間が再編成されたことにもとづいているのである」(p5)。

 さらに、「臨床医学的経験とは、西洋の歴史の上で、具体的な個体が、初めて合理的な言語に向かって開かれたことを意味するのであって、人間対自己、及びことば(ランガージュ)対もの、という関係における重要な事件である。(p9)

 これが、この書物でフーコーが明るみに出そうとした試みである。

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2015年10月22日 (木)

体験版 医療の現在 Ⅲ-④

本日は午前中、先日診察してもらった左肩の痛みと左手指の痺れ、浮腫みを詳しく調べるためにMRI検査。仰向けの姿勢でヘッドフォーを付けトンネルのような器械の中に入る。何やら物凄い音がして磁気が身体を精査する。約15分で終了。造影剤を使うかもしれないと念をおされたがそれもなく終わった。あれはいやなものである。以前、身体がポカポカしてきて血管が破裂しそうになったので途中で中止したことがあるのだ。

長引く入院は患者に良からぬ疑心と不安、不信をもたらす。同室の隣の紳士は一向に回復しない病状と食欲不振に医師諸氏の集団回診時にさすがに不安を吐露していた。それは裏に不信を抱いたものとも思われる。しかし物腰の立派な紳士である、それは下司の勘ぐりであろう。しかしアカショウビンは下司である。不信をもつ。それは彼らや看護師たちの瞬間の表情、病状説明の言葉の端々、ちょっとした手つきから直感的に読み取るもので恐らく当たらずとも遠からず。いや、殆ど確信的に当たっている筈だ。

 つまり彼らは厳密に言えば、授業と現場で学んだ幾らかの科学的だが曖昧な知識と自らの狭量な判断を元に、したり顔で判決を下す裁判官の如き者たちだ。先日読み終えたフーコーの「臨床医学の誕生」(1963年 神谷美恵子訳 みすず書房)によれば、現代医学は生誕期を18世紀末の数年間と規定したという。それから200年余、19世紀から20世紀の数々の「偉大な」発見と技術的な進歩によってそれは更なる進化を遂げて現在に至っている。しかし、その進化とはいかほどのものか。将棋や囲碁のトップを極めたプロが言うように彼らが極めた世界は全体の数%にも満たないと言うところが真実に幾らか近いという程度のものだろう。それさえも恐れ多いものとアカショウビンは確信する。

 その、謙虚というより人間が理解できるものの卑小さ、その自覚のないところに真理は見えてこないだろう。フーコーが言う、可視化されたものより不可視のもの、語られたものより語られなかったものを読み取らなければならないのだ。それは死のまなざしを感得するとも言えるかもしれない。それは医学を多少学んだ者たちに把握できる世界ではない。それは専門のジャンルを超えてさらに熟考を要する領域に踏みこむことだ。

 

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2015年10月21日 (水)

体験版 医療の現在 Ⅲ-③

 

 きょうは突然、歯科からお呼びがかかった。聞けば女医さんは何と8月7日にも受診しているという。忘れていた。手帳で確認すると胃カメラをやった日だ。やはり既に某病院で指摘されたようにアルツハイマーは進行している。

 治療は貶したり褒めたり。女医さんにしてはかなり荒っぽい診断と治療である。先日の鼻から通すイレウス管という治療といい、この病院の治療姿勢は多少の荒っぽさが基本姿勢なのかもしれぬ。繰り返すが昨今の歯科治療とは異なることは指摘しておく。それでも、こちらの歯科医は良い意味でのぶっきらぼうで、ずけずけ症状を指摘し今後の治療方向を明確に指摘してくれた。何しろ地元での歯周病の治療がきっかけとなって今回の胃ガンの手術、新たなガンの発見につながったのだから。

 それはともかく、こんなに長く入院していると医師や看護師の人間性のようなものがよくわかる。或る瞬間、弱い者に強い者の真相は直感のように届くといってもよい。それは治療する者と治療される者との立場だけに限らない。富む者と貧しき者、戦争で殺す者と殺される者などなど。そこに交わされる視線、まなざし、会話、言葉の端々、振る舞いのひとつひとつ、そこに瞬時に何か本質の如きものが伝達されるのだ。

 まなざし、とは何だろうか。母親が子を見つめるまなざし、将棋指しや碁打ちが盤面を見つめ手や局面を見つめるまなざし等々。日本語のまなざしという言葉は元々あったものなのか、あったとしても私たちが現在使う用法とは異なってきているのではないか。いずれにしても、それは少なくとも人のものであって霊長類にもそれは使えるものなのかどうか。

 しかし、間違いなくわかる、人間同士の視線の交わしあいに見られる、まなざしの独特なものがある。母親の慈愛を含んだまなざし、勝負師たちの先の勝ちまで読み抜こうとするまなざし、そこには人という生き物の独特な知覚が露呈しているように思える。

 このような身体になってあらためてわかるまなざし、それは死のまなざしと言ってもよいだろう。それには、これからしばらく、少しずつ言葉を尽くさなければならない。

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2015年10月19日 (月)

体験版 医療の現在Ⅲ-②

 朝日が建物の屋根を照らしている。美しい朝だ。この5階の病棟から見える世界は娑婆の一部。そこでは病院の中とは異なる喜怒哀楽があるだろう。アニマルズの「朝日のあたる家」が聴こえてくるようだ。あれは米国のニューオリンズだったか。こちらは東洋の島国の首都の病院から見える屋根屋根だ。

 1階まで降りて外へ出た。朝のお散歩である。きのうと同じように通路脇の樹木をカメラに収めた。陽の光を浴びる樹木の葉が悦びに震えているようでもある。

 同室の口うるさい患者は夜中に病室を替えたらしい。手術後の痛みを訴えていたし隣の紳士の鼾もいやだったのだろう。なかなか行動は早い。関西弁の妻に相談はしたのだろうか。まぁ、それはどうでもよい。病室が静かになっただけ幸いだ。隣の紳士の夜中の鼾には困るが我慢だ。

 担当医の諸先生方の朝の回診で、鎖骨から注入している滋養のある高カロリー輸液「中心静脈点滴」を本日外すとのご託宣。ありがたい。これで身軽になる。さぁ、これから食事療法である。少しずつ、普通に食事ができるように日々訓練だ。

 「法華経 下)(坂本幸男 岩本 裕 訳注 岩波文庫 1967年12月16日)のサンスクリット訳を流し読み終えた。仏たちのインド名が煩瑣であるが各品の要旨はつかめる。これを鳩磨羅什の漢訳と照らし合わして熟読するのは退院後の目標事項だ。

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2015年10月18日 (日)

体験版 医療の現在Ⅲ-①

 食事再開3日目。相変わらず重湯とスープまたは具のない味噌汁。これでも腹いっぱいだ。何せ点滴と併用なのだから。今朝、体重を測ったら、49.7㎏。少し太っている。点滴で太るとは驚きだ。本日は午前10時から午後3時まで停電。楽しみの将棋、囲碁番組が見られない。読書で気を紛らす。

 点滴と手術時の麻酔、これは現代医療技術の進歩の大きな原動力だろう。フーコーは『臨床医学の誕生』(1963)で次のように記している。「現代医学は、その生誕期を18世紀末の数年間、と自ら規定した」(p5)。同書は、そのフランス革命前後の半世紀の空間、言語(ことば)、死に関する思想空間の変動(再構成)を解き明かした書だ。点滴と麻酔の技術については、フーコーの書が出てからも眼を瞠る進歩を遂げただろう。アカショウビンの命もその賜物である。

 東洋医学に対する西洋医学は、淵源はギリシア時代まで遡れても現代西洋医学は18世紀の末以降ということになる。この病院もその成果の一つといえる。しかし本日の停電を例にとれば最先端の設備を備えていてもいったん事故が起きれば脆さを露呈する。電気なしで近代は成り立たない。文明とその恩恵で生きる人々は何とも際どいところで生を維持しているわけだ。

 手術前の体力近くに戻るのにあとどれくらいかかるのか。

 それにしても、この病室の患者は他人の気を使わない。今朝も7時前から家族がきてコテコテの関西弁でぺちゃくちゃ話す。あるいはヒソヒソ話だ。それが迷惑になるという神経がはたらかない。あるいは知りながらの確信犯だ。母親みたいな「妻」と、あそこが痛い、そこが痛いとわがままな亭主。それをひとつひとつ応えてあげる「妻」。けったいな夫婦である。隣の紳士は夜中の鼾がひどくてアカショウビンは睡眠不足。昼も高鼾である。本人はそんなこと知りもしないだろう。

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2015年10月17日 (土)

閑話休題

 本日で手術からちょうど1カ月。こんなに長引くとは思いもしなかった。何せ開腹とはちがい負担が軽いから約2週間で退院できるという説明だったのだから。まぁ、一応手術は成功し生還できたし文句も言えない。個人差はあるものだ。同級生や仲間は皆さんお元気だがアカショウビンのようにあちらこちらガタがきている中高年もなかにはいるだろう。きのうは高校時代の同級生N君、大学以来の友人N村くんが見舞いに来てくれた。ありがとうございます。N君には毎週、愛読している「週刊碁」と「週刊将棋」を買って来てもらっている。

 きのうは将棋の竜王戦の第1局2日目。夕方、アンドロイドでネットで夕食休憩前の局面を見た。難しそうな局面だったが糸谷哲郎竜王勝ち。強い。というより明らかに強くなっている。勢いだけではないように思える。何せ挑戦者の渡辺明棋王は竜王9期保持者である。第2局の渡辺棋王の後手番が注目だ。過去のタイトル保持者を見ても渡辺棋王だけが特別でタイトルを保持するのが難しいのが竜王位なのだ。

 本日は病院の外まで散歩。バス停の近くまで歩いた。とにかく歩けと看護師さんはおっしゃる。毎日というわけにはいかないが外の日差しは恋しくなる。歩行者通路脇には大きな樹が植わっている。樫の木だろうか。手入れされて豊かに葉を茂らせている。何種類か、銀杏やプラタナスもある。この歳までいつも後悔するのは植物の名前をちゃんと覚えておかなかったことだ。アカショウビンは小学生のころ蝶採集には熱中したので蝶の名前はまだ幾つか見ればわかる。それからすると花や樹木、植物はからっきしダメである。前の仕事で地方出張の時はできるだけ写真に撮るようにはしたが、これからの余生は植物事典を買い、出先で出会った花や特に樹木の名を記録に留めることにしよう。

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2015年10月16日 (金)

体験版 医療の現在Ⅱ-⑫

 本日から食事を再開。朝は先ず重湯、味噌汁、鯛みそ8g、果物ジュース。しめてエネルギー109kcal。そのうちタンパク質2.2g、脂質0.9g、塩分1.4gである。これを30分かけて食べる。
 きょうは終日雨模様らしい。秋は深まる。今年は猛暑の短い夏だった。歯周病やら食欲不振など急激な体調不良から胃ガン告知、入院、セカンド・オピニオン、病院変更、手術、再入院と慌ただしく夏は過ぎた。
 2週間の予定が入院は1カ月を越えた。手術後の無力感はなかなか回復しない。退院して社会復帰はできるのか。退屈の中で不安は時に障気のように襲ってくる。
 持参した「法華経」(下 岩波文庫 1967年12月16日)を読む。漢訳でなく坂本幸男氏、岩本 裕氏共訳の書き下し文である。不遜な言い方で恐縮だが、ありがたみはあまりない。しかし、この経典の破格さはよくわかる。そこに仏教の精髄が読み取れるはずだ。

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2015年10月15日 (木)

体験版 医療の現在Ⅱ-⑪

 きょうでやっと鼻から入れているチューブが抜かれた。レントゲンを撮ったあと若い医師が荒っぽく。鼻から抜ける時が痛い。それをおかまいなしに。「このサディストめ」と叫びたかかったが飲み込んだ。こういう場合の日本語の罵り語というのは何とも貧困である。
 ともかく少し動きが楽になった。水も飲んでよいとのご託宣である。明日からは食事も再開する。何日ぶりか。9月29日以来だ。その夜に嘔吐し、いらい点滴生活に後戻りしたのだ。
 ここで病室の説明をしておこう。部屋は4人部屋。時に退院する患者がいると2人になることも。一昨日までは2人部屋だった。一昨日から昨日にかけて次々2人入室。それまで静かだったのが一変した。最初の高齢の男は話ぶりからして紳士である。しばしば見舞いに来る奥方も話す時は小声で慎みを熟知している。困るのは後から来た中年男である。傍若無人。かなり歳上の「妻」というのが亭主に輪をかけておしゃべり。うるさいったらない。亭主は標準語だが女房はコテコテの関西弁。きのうは見舞い客と3人で茶の間か喫茶店のようにペチャクチャしゃべっているので看護師さんに注意してもらった。今朝、手術で今はいないので病室は実に静かだ。
 先日やっとフーコーの「臨床医学の誕生」を読み終えた。その感想なども記しておかねばならない。

 

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2015年10月12日 (月)

体験版 医療の現在Ⅱ-⑩

 退屈と些かの不安、それに先行きへの焦り、これがアカショウビンの現状だ。退屈とは、チューブを鼻の穴から胃腸に差し込み、圧力差を利用し自動的に中の排泄物やガスを体外に吸い出す装置と点滴をつけて、食事を口から摂ることなく、ひがな一日ぶらぶら暮らすこと。些かの不安とは、このまま退院できるのだろうか、できても再発、転移に加え次は食道ガンの治療で放射線など過酷な治療が待ち受けているのではないかという。先行きへの焦りとは果たして仕事に就けるのかどうか、という焦りとこれまた不安でもある。

 鼻から内視鏡を入れたのが先週の5日(月)、金曜日の9日に点滴が従来のアミノ酸他から現在の滋養のあるものに変わった。「中心静脈点滴専用」と書かれている。鎖骨裏の静脈は中心静脈なのだ。高カロリー輸液で総熱量は820kcal。総合ビタミン剤、アミノ酸、電解質液を供給する。アカショウビンの身体は、この二本のチューブに拘束されている。運動不足はいかんともしがたい。せいぜい院内のコンビニに毎朝、新聞を買いに行くくらい。これでは身体はなまる。とにかくベッドから離れねばならない。

 退屈しのぎに持ってきた音楽CDは再生小型プレーヤーを落としてしまい使用不能。バッハの受難曲などせっかくの機会に集中して聴くつもりがだめになってしまった。術後の無力感で読書欲もあまりない。若い友人が差し入れてくれた月刊誌は拾い読みはした。この機会にと途中までで読みさしにしてあったフーコーの「臨床医学の誕生」(神谷美恵子訳 みすず書房 1969年12月30日) も遅々として読み進まず。

 空いていた隣のベッドには新しい患者さんが入ってきた。まだ午前9時半を過ぎたばかりというのに高いびきだ。あぁ、先が思いやられる。

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2015年10月 9日 (金)

体験版 医療の現在Ⅱ‐⑨

 前のブログに若い読者から批判があった。曰く、「所有意識が半端でない」、「欧米的な価値観」と断じている。それだけでは詳細がわからない。それは後にお聞きするとして、医師たちに対するアカショウビンの罵詈雑言が彼の思想信条に障ったことは確かだ。彼は自称、任侠ナショナリストである。その意気や好し。国会のデモにも参加だか見物だかに行った。反米である。基礎にあるのは仏教らしい。先日も来日した高名な僧侶の講演会に出席し感銘したようだ。

 そのような思想・信条の概略から察するとアカショウビンとは多くで同じだが当然異なるところもある。批判の肝と思われる「欧米的な価値観」についてはアカショウビンの批判の対象でもある。

 それはともかく、アカショウビンが先の病院側の処置・治療に憤激を感じたのは何とも荒っぽい彼らの動きのひとつひとつである。まるで無生物を扱うような感情を殺した表情と所作。それを患者が呻き叫んでいるのに実に横柄に作業を進める。現在の歯科治療はきょくりょく痛みを抑えることで大きな成果を上げている。なぜ歯科治療で可能で外科の、しかも手術でもない処置で患者の痛みを無視するのか。それは外科医たちの特権なのか、未熟なのか。両方であろう。外科医は医療の〝花形〟なのだろう。しかし、それは単なる技術的に優れていることだけに過ぎぬかもしれない事に盲目であってはならない。医療器具を縦横に扱えることは人の技術として高く評価される。しかし、それは医療の、医学の根本的な問題とは関係ないといってもよいのではないか。

 無表情で、いくらか横柄な顔つきの医師たちの表情をみていると、つくづく人間という生き物は表情のひとつひとつに、その人間のもつ本質、能力、限界の如きものが瞬間に現れてしまうものなのだなと実感するのだ。

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2015年10月 7日 (水)

体験版 医療の現在Ⅱ‐⑧

 月曜日の朝にレントゲン室へ。それだけと思ったら手術台のようなベッドに寝かされた。すると、さっさと何やらの処置にかかるではないか。「少し苦しいけど~」と医師が言っていた処置だ。鼻から内視鏡を入れて胃と小腸のものやガスを吸い出すという医療技術だ。しかし鼻の奥に麻酔をしただけ。器具が鼻の奥から喉、食道、胃、十二指腸、小腸と入っていく苦痛は我慢ができない。大声をあげて叫んだ。途中、気分が悪くなり器具を操作している女医に胃液を吐き出した。「拷問だ」と憎まれ口を叩く。入院以来、初めて怒りが噴き上がった。

 このやろう(一人は女性だが)、人の身体を玩具のように扱いやがって。覚えていやがれ、聞えよがしに悪態をついてやった。医者といって若造がえらそうな顔をするんじゃねぇ。たまには採血で失敗もするが、看護師さんのほうが、よほど気を配り献身的に仕事をしてくれる。それを医者は何だ!権威面しやがって!アカショウビンは何が嫌いかといって、えらそうに自分の地位をひけらかしている奴が何より嫌いなのだ。

 処置は一時間足らずで終わった。それにしても叫び足りなかった。少し抑えてしまった。修行不足である。

 トレンバッグという透明のビニール袋には胃腸から管が鼻を通して外に排出される仕組み。全部出してしまうのには約1週間かかるという。喉の奥を通る管の違和感、不快感で不自由このうえない。

 看護師のIさんが着替えを手伝いにきてくれる。熱いタオルで背中を拭いてくれる。気持ちよい。このひと時、看護師の仕事は、えらそうな医師たちとは天地の差がある。

 アカショウビンより後から入室してきたSさんは、午前中に退院していった。順調な人は順調なのである。夕方、昼勤と夜勤の看護師さんが交代する。本日で入院してから既に3週間が過ぎた。

 近代医療という点に関していえば、この鼻や胃からの内視鏡は科学技術の成果のひとつだ。しかし、これは果たして根本的な進展といえるだろうか。心臓までカテーテルが届き心臓疾患が治療されるとして、それが根本的な進展だろうか。それは大いなる進展ではあっても、根本的な進展とはいえないだろう。

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2015年10月 1日 (木)

病床無聊

 昼過ぎ、三階のコンビニまで行く途中、外の景色が見えるところで外は雨らしいのに気付いた。五階の病室に戻り外を見るとかなり強く降っているようだ。しかし窓を開けても雨音は聞こえない。下に見える病院の電源のモーター音らしき音がわずかに聞こえるだけだ。近くの何の樹だろう、大きな樹木に粛々と雨が降り注いでいる。今日から十月だ。このような景色を眺めていると、夏はたしかに過ぎたように思える。何度か残暑はあるだろうが、確実に秋は深まり、やがて冬がくる。これまで実にいろいろな事が重なった。

 当初の予定ではきょうが退院日だったのだ。それが一昨日、夜中に嘔吐し朝まで吐き続けた。おかげでまた点滴生活に後戻り。いつ退院できるのか今のところ未定。まぁ、胃を半分切ったのだから回復まで時間はかかるだろう。いきとどいた看護体制の中で無聊な日々をおくるのもまた好しと思わなければならない。

 窓外の樹を眺めていると植物的生とは人間たちの生とどう違うのかと問いたくなる。都会の建物の景色のなかで、こちらから見える生き物は樹だけである。風もなく葉は揺れていない。時々かすかに梢が震えるくらいだ。雨を樹は悦んでいるのか。しかし悦ぶという受け取り方自体が人間の賢しらにすぎまい。樹は何年あるかしらぬ自らの生を生きるだけだろう。一本の樹がそこに立って生きていることには人間たちの裁量がはたらいている筈だ。どこかから移植されたのか、あるいは周囲の木々が伐採されたのか、ともかく一本の樹がアカショウビンの視界に存在する。

 何ともとりとめもないことで恐縮。しかし、将来、この時間が稀有な時であったことに思い至ることであろうことは間違いない。此の世で生きることにあらためて可能性を模索する時のなかにアカショウビンが存在していたわけなのだから。あの樹が朽ちる前にアカショウビンは此の世を去るだろう。しかしこの今、一本の樹とアカショウビンが感応道交した可能性もある。樹の生の中でそれは果たして記憶されることはあるだろうか。

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