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2015年8月13日 (木)

両親の墓に詣でる

 昨日は天気が崩れるとの予報で、お盆の迎え日の前に両親の墓に詣でた。午前中に出て昼過ぎに都郊外の最寄り駅に到着。ちょうどバスの発車時刻に間に合った。一時間に一本だからラッキーだった。バスに揺られて久しぶりに見る街並みに心和らぐ。天気は不安定だが雨にはなってはいない。墓苑の事務所に立ち寄り孔雀の小屋で写真撮り。亡くなった叔父と母と来たのはいつだったか。あの時は従妹も来てくれた。手桶に水を汲み墓へ。お盆前とあって墓参者は少ない。遠く離れたところにひと組の家族がいるぐらいだ。

 今年は母の七回忌。月日の経つのは早いものだ。アカショウビンが大阪に引っ越して約半年の介護で母は逝った。父の死後一人暮らしは気軽だが寂しくもあったろう。亡くなる何年か前に東京で同居の話もした。先に千葉に引っ越し従妹の近くに住んでいた叔父の提案で。母に打診したが大阪のほうがいいと言う。一人暮らしの長男に対する気兼ねもあったろう。気の強い女だったから強がりも感じたが敢えて母の言葉に従った。

 墓を清め読経し弟に送る写真を撮った。墓を後にしバスを待つ間に霧雨が降りだした。しばし墓苑の事務局の休憩所で雨宿り。先月から10年ぶりに吸い出した煙草を一服しバスで駅まで戻った。

 帰りは中野駅で途中下車。学生時代に棲んでいたアパートを訪れた。10年前に訪れた時は既に建て替えられていたが更に周辺の風景が様変わりしていた。40年の月日は走馬灯の如し。その時の記憶が間欠的に思い起こされた。3畳のアパートで上京した両親と一日寝起きしたことを想い出した。木造だったアパートはマンションに建て替えられていたが大家は同じ名前。不思議な縁だったが大家夫婦は奄美出身の家に夫婦養子で入ったということだった。よく食事をしたブロードウェイの横町をぶらぶらした。近くには中古レコード店が現在も健在。よく続けているものだ。記念に写真を撮った。当時、近くに住んでいた友人に電話。「此の世の見おさめに行ってきたよ」と話すと苦笑していた。

 9月は母の七回忌で再訪できればよいが手術後の闘病で行けるかどうか。冥土へ行く前に済ませておく事は一つ一つ片付けねばならない。

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