« 体験版 医療の現在⑧ | トップページ | 体験版 医療の現在⑨ »

2015年7月19日 (日)

慌ただしくも暢気な日常

 2週間の検査入院を終え退院したのは先週15日(水)。アルコールなしの2週間で肝臓の数値も何年ぶりかで平均値に戻った。上げ膳据え膳の毎日は誠に体調回復になったと実感する。しかし次は胃ガンの手術へ向けて準備を進めなければならない。先週の金曜日には都内の有名病院を下調べした。さすがに都内の中心部にあり市立病院の周囲ののどかな景色とは異なり些か窮屈な印象であった。しかし食堂がなかなかよく、昼食を食べた限りでは食事の楽しみは期待できそう。日々是好日というわけにもいかないがスナップ写真も撮り慌ただしくも暢気な日常を楽しんだ。

 最寄りの駅の近くにはかつての仕事で何度か通った企業もあり何年ぶりかで訪れた。数年前に倒産したがまだ建物は残っていた。倒産の原因は業界の低迷と社長の逝去だ。ワンマンで実にエネルギッシュな人だった。剣道の高段者で取引先を招待して毎年行われる旅行会では各地を訪れた。東北の旅行では青森のねぷた祭り、秋田の竿灯を見学、参加した。ねぷたではアカショウビンも皆さんと一緒に衣装を着て踊った。鹿児島では知覧、鹿屋を訪れ特攻隊の生き残りの方の話に聴き入った。その時は社長の剣道の実演も披露された。あれは真剣ではなかったか。薩摩の地で社長の思い入れもあったに違いない。その時の夕食は奄美の郷土料理、鶏飯も出て懐かしい味を堪能した。宿泊は天文館近くのホテルで何十年かぶりで天文館を散策した。その社長は喉頭ガンを患い数年間生きたが弟の専務さんの話だと風邪で肺炎を併発しあっけなく亡くなった。その後、社業が急激に傾き倒産した。それは業界大手の倒産として業界内に衝撃が走った。

 アカショウビンも既に社長と同じ道を辿っている。これから何年生きられるか。あるいは手術で生還できないかもしれない。それは神のみぞ知る将来だ。しかし人間は死を覚悟する。残された時をどのように生きるか。それは人それぞれの自覚と覚悟による。

 入院中に再々読したハイデッガーの「カッセル講演」でハイデッガーの飛躍とも強引な独断とも思えた死の先駆的覚悟については「存在と時間」の著書の中で整理された箇所を再読し熟考していきたい。取りえずその構成と章立てを確認しておこう。

 第二編 現存在と時間性の第45節から第1章 現存在の可能な全体存在と、死への存在の各節である。第49節では「死の実存論的=存在論的構造の素描と題しハイデッガーは人間の死の構造と本質に思索を深めている。そこから「カッセル講演」での飛躍とも思える良心の実存論的=存在論的諸基礎から良心の呼び声という性格、関心の呼び声としての良心、という考察を講演でのハイデッガーの言説と著書での論説を比較検討したい。

 入院時の日常は時に検査のうっ屈と何をするでもない暢気な日常を体験できた貴重な時間でもあった。しかし次は手術の苦痛に耐えなければならない。正念場である。また仕事で拘束されることない気楽さは収入のない生活不安と裏腹。その緊張の時に平常では得られぬ天啓に出会うことがあるかも知れない。その杞憂ともいえる瞬間を期待し日常を過ごそう。

|

« 体験版 医療の現在⑧ | トップページ | 体験版 医療の現在⑨ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/111335/61915339

この記事へのトラックバック一覧です: 慌ただしくも暢気な日常:

« 体験版 医療の現在⑧ | トップページ | 体験版 医療の現在⑨ »