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2015年7月 6日 (月)

体験版 医療の現在⑤

 午前9時過ぎに呼ばれ地下の放射線室へ。主治医のN先生が自ら器具を操作しレントゲンを撮る。何度かに分けてバリウムを飲む。N先生の指示で身体をあっちへ向けたりこっちへ向けたり。何度か身体を2回転する。胃カメラで見た画像を全体で外から把握したいのだろう。以前、会社の定期検診でやったのとは違いかなり細かく写真を撮っている。機器のメーカーは東芝製。操作ハンドルなど見ていると最新式かどうか疑わしい。部屋に設置されているスピーカーは古い。昭和30年代ではあるまいが20年以上前のものではあるまいか。この病院の開設時期はいつなのか後で調べよう。何度も放射線を照射されて被曝量は大丈夫だろうかと不安もよぎる。

 機械操作をしている姿を見ているとゲームセンターで子供たちが夢中にゲームに興じている姿を思い起こす。それは大阪のS病院で大腸の内視鏡検査をした時も同じだった。二人の若い医者が画面を見ながらハンドルで内視鏡を操作し痛みにこちらが声をあげると「静かにしてください」と制止された。この野郎と思ったがこちらは立場が弱い。やさしい看護師さんがアカショウビンの背中をさすって荒れる気分を和らげてくれた。

 かように患者の立場は弱い。しかし治療する医師は人間として患者の痛みに寄り添い声をかけねばならない。その訓練がどれほどされているのか心もとない。大阪のミッション系の病院で最期を迎えた母の治療はありがたいものだった。キリスト教の精神が治療の根本にあり治療体制に組み込まれているのだろう。熱烈な仏教徒だった母からすれば異教徒の病院で最期を迎えるのも皮肉な巡り合わせというものだったが。それは仏教でもイスラム教でも多くの宗教を含めて、その精神とは痛みの治療から死生観まで含むものである。それには医学的知識だけでなく哲学・宗教的なレベルの修練が必要だ。そこには東洋医学との歩み寄りという局面もでてこよう。ここは現代医療にとって想像以上に重要な観点だと思う。

 病室に戻り下剤を処方される。テレビの電源を入れ女子サッカーの結果を見ると予想通り敗戦。前半早々の4点のハンディは大きい。しかしここまでよくやった。今度はオリンピックの晴れ舞台で負かしてやれ。

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