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2015年7月 4日 (土)

S(N)さんの火葬祭

 外出許可を取り知人の火葬祭で小田原市斎場へ。小田原駅からバスで36分。山の中の斎場である。民間の斎場のような人工的で塵ひとつない清潔感はなく待合室は花壇の前にあり周囲の自然に溶け込もうとするような風情。家名は呼びなれたSさんではなく本名のN家になっていた。別居していた家族も訪れ、ご長女は火葬前の棺に横たわる父親の姿を見て激しく泣きじゃくった。生前の故人の話では夫人を一方的に怒鳴りつけ別居になったらしい。家族というのは上手くいっていれば幸せだが崩壊すると一人一人が家族の人数分だけ負担を負う。彼は薩摩隼人の意識の強い人だった。夫人は葬儀に訪れなかった。よほど愛憎なかばしたのだろう。ジャーナリストの立場も保守と云うより自分で「おれは右翼だ」と公言し持論というより酔うと身勝手な言説をいつも捲し立てる人だった。そのあたりの議論ではアカショウビンとはいつも対立した。アカショウビンは左翼ではない。しかし頑なな保守・右翼主義からすれば左翼のように見えるのだろう。それは茶化していえば首相と同じ〝おっちょこちょい〟でアンポンタンである。

 それは、ともかく父君が復帰後に奄美の市長を務められたことが縁で島の話になると面白くアカショウビンの話に嬉しそうに反応した。頑固だったが人の良さで多くの人に愛された人だった。寝耳に水の急死の報で義理を欠くまいと赴いた知人友人だけの質素な葬儀だったが、これからアカショウビンも冥土への旅支度をしながら死とは何かを古人の考え、思想を絡めて問うていきたい。

 そこで入院の退屈を凌ぐために持ち込んだハイデガーの「カッセル講演」(2006年12月11日 後藤嘉也訳)を拾い読みで再読。「存在と時間」を出版する前の1925年に行われた同書の簡約版とでもいえる講演起しである。当時哲学界で大きな話題になっていたディルタイの〝生の哲学〟の功績と限界に論及しハイデガーの新たな現象学を公にした豊富な内容をもち繰り返し読んで飽きない。先日から第7回講演の「人間の根本規定としての時間」(1)を読んでいるが実に面白い。Sさんの急死と棺の姿を見て新たに人や自らの死を考えるなかハイデガーの死への論及が刺激的だ。「人間の現存在の全体性は、どうすれば与えられるのでしょうか」(p91)と問うハイデガーの講演を聴衆はどのように聞いたのだろうか。「存在と時間」ほどには難解ではないがハイデガー独特の用語は聴衆に十分理解されたとも思えない。しかし著作を理解するうえで本書は翻訳者の注釈を含めて講演内容と「存在と時間」の構想したものを理解するうえで水先案内の役割をすることは間違いない。

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