« オーネット・コールマン追悼 | トップページ | 体験版 医療の現在 »

2015年6月17日 (水)

恨みと呪い

 今朝の毎日新聞の朝刊に「悲劇の責任 国は認めて」の見出しで新潟水俣病の現状をレポートしている。「被害者のためになされるべき救済が、政権の思惑に左右され、場当たり的に行われたのではないか」という記者の疑念は当たっている筈だ。それは熊本の水俣病訴訟・闘争でも、国民国家という仕組みの中で国家と国民の間に常に生じる障害だ。記者は、環境省が平成13年に作成した冊子で「水俣病の拡大を防止できなかった背景には、(中略)高度経済成長への影響に対する懸念が働いていたと考えられる」という記述を紹介している。「判決で患者と認められた7人全員が国の責任認定を求めて控訴した。半世紀を経た今、被害者の怒りは原因企業よりも国に向いている」と記者は記している。

 現政権の横暴と無能・無学を報道で知れば事は個々の事情ではなく構造的な問題である。それは国民の恨みと呪いとなって噴出する。沖縄戦やヒロシマ、ナガサキ、水俣、新潟で殺され、亡くなった人々の怨念は恨みと呪いの声となって、彼岸から此岸へ木霊となり響いている筈だ。その声を聴きとらなければならない。

 水俣や新潟での医療機関の対応は、行政と政治とも関与し現実に生きる我々国民一人一人の日常に関わってくる。アカショウビンはここ数年の体調不良で先日から病院通いの毎日である。先日は歯周病という診断だったが、左下の歯に痛みがあり左の頬がお岩さんのように無残に腫れた。それは抗生物質の錠剤を飲むことで緩和した。医療技術の進歩は喜ばしい限りだ。しかし、そこには弊害も出てくる。一昨年は肝臓の治療で飲んだ薬の副作用で苦しめられた。先日の診断でアカショウビンの身体の血液は平均の3分の1しかないことを伝えられた。愕然とした。しかし明快な診断はありがたいとも言える。医師は輸血を薦め、昨日は2時間余りかけて400ccを注入した。感染症など副作用が心配だが医者に任せるしかない。若い医師だがどれほどの技量と能力があるかはこれからわかってくる。昨日の短い遣り取りでは幾らか威圧的で説明不足の感もあった。別な病院での頭のCTでは既にアルツハイマーが進行していることも告げられた。

 すでに死への行程の最終段階をアカショウビンは辿っているのを実感する。60年生きられて感謝する。あとは正しく余生だ。今後は治療を続けながら「体験版 現在の医療現場」というレポートも兼ねる。読者の皆様の体験やお考えがあると思う。コメントには具体的に応えていきたいのでよろしくお願いします。

|

« オーネット・コールマン追悼 | トップページ | 体験版 医療の現在 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/111335/61753796

この記事へのトラックバック一覧です: 恨みと呪い:

« オーネット・コールマン追悼 | トップページ | 体験版 医療の現在 »