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2015年5月22日 (金)

失業の恵み

 失業の自由な時間は貴重である。本日はNHKのアーカイブで、舘野泉の番組が見られた。左手しか弾けなくなったピアニストを取材している。人生は何が起こるかわからない。しかし人は、それを乗り越える。それを番組は伝えている。人生は時に絶望に落ちいる。しかし、そこから人は脱却するためにもがく。そのもがきと努力に励まされる。左手のバッハのシャコンヌが心に沁みた。

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2015年5月 3日 (日)

新聞記事から

 毎日新聞の1日夕刊で下重暁子さんに取材している。アカショウビンには懐かしい人だ。子供の頃にNHKテレビで美しいお姿を見ることが楽しみだった。あだ名を「マダム・ソレイユ」ということは初めて知った。79歳の現在も白の大島紬を着られた姿が美しい。現在のNHK会長をめぐる騒動とは遥か昔の女性アナウンサーの元祖である。いまでは思いも及ばない当時の職業女性の新たな生き方が「私たちの時代は大学を出ても女性の就職先なんかほとんどない。新聞社もとってくれないし、出版社もそう。NHKもアナウンサーとしてだけとってくれたんです」という言葉が当時の就職差別を想像させる。NHKは9年で退社。物書きへの夢をあきらめられず、母校では江戸文学の泰斗、暉峻康(てるおかやすたか)氏の講義を最前列で聴いた。氏は下重さんが社会人になってからも句会に誘った。師から俳句を送られ「動物はけがをすれば自分の舌でなめて治す。人生、甘えちゃいけないんだ。ハッとしましたね」と言う。「先生からは、おまえの句は頭でつくるから色気がない」と言われ苦笑い。30代、40代、50代気の合う作家らと新宿あたりを飲み歩く酒好きだ。近松らしい「恋といふもの男も身をかばうてなるものか」という言葉に、「ときめく人はそれなりにいます」と話し若い人でも20~30歳下の人たちの付き合いを楽しんでいるご様子。キューバから帰ってきたばかりという元気さ。軍事だった父親との確執を小説にする構想もすすめているらしい。中高年も若い世代に負けてはいられない。われわれが来ている時代の歴史は彼らにつたえていく義務がある。

 別面には水俣病の記事がある。水俣病公式確認から59年。2008年に69歳で亡くなった杉本栄子さんを母にもつ肇氏を取材した記事だ。今なお認定結果を待つ患者は熊本県で1007人、鹿児島に548人いるという。あの公害闘争は石牟礼道子さんの作品などを通じてアカショウビンも現在まで継続している。石牟礼さんも、お元気のご様子。水俣地方の方言で水俣病は「天からの授かりもの」と呼ばれていることを初めて知った。ここに人間という生き物がハイデガーが晩年に説いた〝四方界〟という独特の概念が共振する。人間は、この惑星の中で異なる地域の人々と呼応する存在だ。

 水俣の悲劇は、ジャーナリスト達のレポートによれば地球の裏側で繰り返されている。ネットなどで情報は以前と比べられなないほど速くなっている。そこでは千差万別の情報が知られる。しかし肝心なのは現実の私たち、ハイデガーの説く〝現存在〟という用語と共振してわれわれの行為と関連させなければならない。国家と国民の関係性はミナマタから原発への賛否まで人間とこの惑星での動きに熟考を迫る。

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モーツァルトとヴェルディ

 先日、「フィガロの結婚」の舞台映像が見たくなりショルティがパリ・オペラ座管弦楽団及び合唱団を指揮した1980年7月4日のパリ・オペラ座で収録されたDVDを久しぶりに堪能した。フィガロはホセ・ファン・ダム。スザンナと伯爵夫人をアカショウビンの大好きなルチア・ポップとグンドゥラ・ヤノヴィッツが演じている。その愛らしさと気品は格別。久しぶりにモーツァルトの歌劇の真髄を堪能した。

 ヴェルディでは最後のオペラとなった「ファルスタッフ」を先日、CDショップで安く購入した同じくショルティの1993年盤を聴いた。オーケストラはベルリン・フィル。カラヤン以来フルトヴェングラー時代とは異なり、味もそっけもなくなったが、スター演奏者を集めた無味乾燥な機動性は眼を瞠る。ここでもホセ・ファン・ダムがタイトル・ロールを歌っている。アカショウビンが聴いたレコードではカラヤン盤があった。嫌いなカラヤンもイタリア・オペラには名盤を残していることは認めるしかない。

 ともあれ、オペラファンに、この2人の偉大な音楽家の作品は何度聴いても厭きない。

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飢餓海峡

 

「飢餓海峡」(内田吐夢監 昭和40 東映 182分)を久しぶりに観直した。水上 勉の原作を内田監督が重厚で見事な物語に仕上げた日本映画の金字塔である。代表作「宮本武蔵」は吉川英治の原作を映画化した4部作。アカショウビンはこれを学生時代に池袋の文芸坐で観てすぐにファンになった。後に「飢餓海峡」を観てモノクロで戦後の日本を原作の中に戦後の風景を映像化した手腕に改めて映画監督魂というものに敬服したのである。  

前回観た時の物語展開は殆ど忘れていた。改めて観ると初めて観るように思えるから不思議だ。名作は時を経て繰り返し観て新たな発見がある。それは優れた芸術作品に共通する真理である。

この作品は何と言っても、三国連太郎、伴 淳三郎の出色の演技がすばらしい。若き左 幸子も初々しく女性の色気と恥じらい、したたかさを演じて秀逸。富田 勲の音楽も場面、場面で見事な効果をあげている。内田監督の演出もさりながら物語の多層性を見事に描き構成した。巨匠の面目躍如である。戦後の東京の焼け跡で生きる人々の姿もきっちり織り込んでいる。高倉 健もヤクザ・任侠映画に出る前に内田監督に鍛えられたのだ。藤田 進の貫録も見事だ。多くの人々にご覧いただきたい傑作である。

 

 

 

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レンタルDVDで映画三昧の日々

 仕事を探しながら日常に喝を入れるべく、若いころから最近までに観た映画作品の秀作をレンタルDVDで観直している。先日は内田吐夢監督の「飢餓海峡」を見た。感想は後日。

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2015年5月 1日 (金)

幻覚をみる

 先週から体調が悪く、殆ど食事が取れなくなった。いよいよ、お迎えが近いと身体が呟いているようだった。それも好し。覚悟はいちおう出来ている。この3年くらいはその時ともいえる。幻覚を見たのは昨年、近くの病院で肝臓と腎臓の検査をした後だ。アパートで寝ていて眼を開けて天井をみるとゴリラが憮然としているではないか。目を閉じても眼裏にその姿がくっきりと見える。恐らく処方された薬と肝機能を改善するという注射のせいだ。その治療は2週間ほど続いた。ところが、そのうち、足がむくみだしたのである。これには驚いた。何しろ靴に足指が入らないのだ。これは明らかに薬の副作用だ。医者にそれを問うと何もいわない。むくんだ足も見ない。なんという医者だ。それで、この病院へいくことは止めた。
 今回の幻覚はどうも薬のせいではない。以来、薬は飲んでいないからだ。しかし数日は殆ど絶食状態だ。脳に栄養が供給されなく、視覚神経に異常をきたしたものと思われる。素人推理だが当たらずとも遠からずだろう。いずれ市立病院で検査してもらおう。その結果はいずれご報告しよう。

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