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2015年3月31日 (火)

就活と映画三昧

 定年過ぎて新たに仕事には就けるのか。それはともかく、この時にレンタルDVDや読書、溜まったCDも聴いておこう。まずはレンタルDVDから。「愛/アムール」はフランスの老人介護問題を扱った秀作。既に我が身にも現実として切実な問題だ。「人生の特等席」は久しぶりに観直して実に楽しい時を過ごせた。クリント・イーストウッドの存在感が好い。米国の野球事情が元野球少年には良くわかる佳作。親子の確執と愛憎もなかなか良く描いている。

 本日は遅ればせながら、クリント・イーストウッド監督の「ジャージー・ボーイズ」を観た。監督の音楽センスが横溢する傑作だ。この老監督の近作は見逃せない。この作家魂は見事。優れたスタッフあっての作品であることが伝わる。最後のストリート・ダンスが素晴らしい。このような秀作、佳作、傑作に出会うことが此の世の快楽である。

 積んどくの書物も読まねばならない。

「やがてすでに二千年、それなのにただ一人の新しい神も現れぬとは!」。このニーチェの『反キリスト者』を冒頭に掲げたハイデガーの1936年/37年冬学期の講義をまとめた『ニーチェ、芸術としての力への意志』(1992年 創文社)は熟読しなければならない。1888年のニーチェの思索と対決しなければハイデガーは自らの哲学の現在を越えられないと覚悟した筈だ。『ニーチェⅠ 美と永遠回帰』(1997年 平凡社)は1936年~1940年までフライブルク大学で行われた講義を編纂したもの。『ニーチェⅡ ヨーロッパのニヒリズム』(1997年 平凡社)もハイデガー哲学の真骨頂が読み取れる。今こそヨーロッパだけでない戦乱の続く此の惑星のニヒリズムと向き合い熟慮すべき時だからである。残された時はそれほどあるわけでもない。粛々と貴重な時を充実させるのだ。

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2015年3月15日 (日)

作品に命を吹き込む

 音楽についてはあれこれ書き込んできたが、本日は改めて貴重な演奏が聴けた。 朝のテレビ番組で山下洋輔と弦楽四重奏のライブと、夜はN響をジャランドレア・ノセダという指揮者が振ったベートーヴェンの第五交響曲「運命」である。多くは有名曲として陳腐な演奏にノセダは新たな命を吹き込んだ。それはアカショウビンには実に新鮮な経験だった。古典に新たな命を吹き込む。それは音楽に限らない。

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2015年3月10日 (火)

創世記

 レンタルDVDで「ノア」を観た。実写と特殊撮影で作り上げた何とも不細工な仕上がりにがっかり。本棚の奥から聖書を引っ張りだし元の物語を読むにしかず。今晩は「第7の封印」も観る。ベルイマン作品など何十年ぶりだろう。どこかの映画館で特集でもやってくれないかな。
 昨今の日本映画の生温さと凡庸さは作り手や俳優が過去の名作を熟視していないことも原因ではないのか。まだ東映任侠ヤクザ映画のほうが泥臭いが緊張と美意識に溢れていることは高倉健、菅原文太たちの出演作品を集中して観た時に納得した。
 近いうちにアラン・レネの遺作も見に行く。その感想はのちほど。

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