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2015年1月26日 (月)

映画と音楽の奇妙な共振

それは不思議というのか奇妙というのか。それをユングの用語を使えば「共時的」となるのだろうが奇妙な共振といってよかろう。アカショウビンの中では何やら不可思議な思いがしたのである。昨年の暮れに亡くなった高倉 健さん(以下、敬称は略させて頂く)の出演作品を中心に観続けていて「あ・うん」(降旗康男監督1989年 東宝)を観た。公開当時に観て降旗監督と高倉 健の新境地を開いた作品として興味深かった。原作は向田邦子。東映任侠・ヤクザ映画でタッグを組んできた二人がホームドラマという新たな世界へ飛び込んだ作品だ。東映任侠映画では高倉の相方を務めた富司純子も出演している。俳優としては素人の元プロ野球選手、坂東英二を起用しているのは意表を突かれたが、物語は任侠映画での高倉の役回りが富司をめぐって舞台を変えて展開される。時代設定は1937年(昭和12年)。日中戦争で南京陥落の祝勝ムードに沸き立つ頃である。

物語は坂東・富司夫婦の娘、富田靖子の悲恋も絡ませる。監督のメッセージが伝わる気もした。それは戦時の時代に知らず翻弄される若者たちの姿だ。原作でつかわれているか知らぬが、バイオリンを練習する富田が帝大生の恋人との恋愛でシューベルトの「未完成」交響曲の楽譜を胸に抱くシーンがあったことなど忘れていた。しかし、そこに監督と脚本家のしかけと意図が推察される。その恋は帝大生の出征で悲恋となる。しかし、そのシーンの高倉の行動が作品の肝といってもよく胸を打つ。このシーンで、高倉の新境地は元の任侠映画の高倉のイメージを引き継ぐものとして降旗・高倉コンビの新境地を開いたと解する。「冬の華」(1978年)、「駅STATION」(1981年)、「居酒屋兆治」(1983年)、などに共通する両者の新たな作品世界が切り開かれたことを実感する。

不思議な奇妙なこと、というのはそんな時に日曜朝の「題名のない音楽会」を見ていると兵庫県立文化センター設立10周年、阪神・淡路大地震で亡くなられ方々を追悼し佐渡 裕氏(以下、敬称は略させて頂く)が35歳以下という制限の若いオーケストラを指揮してシューベルトの「未完成」交響曲を演奏していたからだ。この有名曲は西洋クラシック音楽が好きなら多くの日本人が耳にしたことがある作品だ。映画にもなった。その作品を佐渡 が感極まったかのように演奏している。悪くない。佐渡は情の人なのだ。京都育ちとはいえ浪花節的な感性をもっている。小澤征爾にもそういうところがある。それは海外で仕事をし生きる時に大事な要素と思われる。歴史と食生活などは海外でも同じような人間の強い関心事なのだ。それを二人の日本人指揮者は仕事に反映させている。それは恐らく洋の東西南北を問わない。人が生きる根拠はそこにある。

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