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2014年12月 7日 (日)

菅原文太と高倉健の生き方の違い

  健さんは最期まで現役だったが、文太さん(以下、敬称は略させて頂く)の晩年は実に見事なものだった。「晩年のスタイル」(E・サイード)というものがある。それは、それまでの生き様が問われる時だ。還暦を過ぎれば余生というのは昔の人々だが、それは現在でも人の生き様の中にそれぞれ引き継がれている。アカショウビンなどあと数年生きられればそれで宜しい。昨年は故郷にも21年ぶりに帰り、友人たちと再会し、ご先祖さんの墓にも詣でた。人生の起承転結は済ませた。あとは余生だ。平均寿命などいうのは医療技術が進展すれば伸びるに決まっている。東北でも宮沢賢治の時代のような過酷さは今は少ない。人々の生活の知恵と文明の恩恵というのは斯くの如しである。今年は夏に秋田の横手市を仕事で訪れた。花火やお祭りで東北の人々は束の間の夏を楽しむ。そこに人々の可能性を実感した。技術や医療の発達で文明の恩恵はヨーロッ パでもアジアでも同じだ。生活の知恵はそれぞれで生かす。東北でそれを垣間見た。

  しかし、地方と首都圏の格差がどれほど違っているのか。本日は仕事で銀座から新宿まで来たが銀座では中国語が飛び交っている。海外でも富裕層たちは為替で移動するのだ。しかし我々のような中間層より下層階級は生きるのに汲々しているのが現実だ。現政権の暴走は目に余る。首相が「靖国に行かなかったのは痛恨事」というコメントに米国はすかさず「失望した」というコメントを発した。これに首相はどう応えるのか。また鳩山氏みたいに尻尾を巻いて帰ってくるのじゃないだろうな。?

  世界的に見れば日本が先の大戦に至った経緯は軍部の暴走ということになっているが国を挙げて戦争に飛び込んだということだ。しかしドイツはあまりに恐ろしい世界に突っ走ってしまった。それをドイツは反省し戦後を生き延びている。フランス、ギリシア、他の国でもそうだろうが、経済的貧困が増えると国民は明らかに右傾化する。戦前のドイツの歴史を辿れば明確だ。ナチスの台頭は一部の責任ではない。国民が讃同するのだ。それは日本も然かり。あれを軍事政権のせいにして国民の責任を曖昧にしてきたツケが現在の中韓に影響しているのはわかりやすい構図だ。それが現政権にはわからない。いや、むしろそれは確信犯とも言える。民間なら法的に罰すれば済む話だが。国際社会でそれは通用しない。現政権の副総理がナチスの真似をすればいいじゃないか、というアホ発言が世界を回った時に現政権の無知蒙昧は世界に恥を晒した。ヨーロッパならテロがあってもおかしくない。国際感覚の欠如が現政権の実態なのだ。

  そのような現状で文太が「弾は残っているぜ」と発言して亡くなった事は戦後を生きた俳優が残したもっとも痛烈な批判だ。31歳で息子さんを亡くされた事も痛恨事だろうが、その後の日本の現状にもっとも危機感を感じた人にしか言えない事を文太は言い残したと思う。スクリーンの虚像と現実の姿が如何に異なるのか、という事をアカショウビンは文太から学んだ。謹んで、ご冥福をお祈りする。

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