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2014年12月21日 (日)

吉田松陰

  昨年か一昨年、新宿の古書市で買った河上徹太郎の「吉田松陰 武と儒による人間像」(2009年1月10日 講談社文芸文庫)を読み継ぐ。先日その本を知人に紹介したら来年のNHKの大河ドラマは 松陰の妹の物語らしい。知人は新潟県人で、あれは安倍首相の出身地である山口県の物語で私は見たくもない、とにべもなかった。

  しかし松陰の一生は国の歴史に深く掉さしている。その人生を辿り、著書を読まずして右も左もなく先人の功績、業績に学ぶ機会を無駄にしてはいけないと心得る。河上は長崎生まれで本籍地は山口県岩国市。小林秀雄の友人で、二人の対談や座談も実に面白い。小林が後半生に宣長に傾倒していったように晩年は多くの文学者が西洋への関心から日本に回帰していくという現象は考察するに値するがさておく。

  周知の通り松陰の主著は「講孟余話」である。松陰だけでなく江戸期から幕末の思想家のベースは論語、孟子、老子、荘子である。そこへ西洋の文学、哲学、思想が幕末に一挙に流入し、知識人たちを強烈に刺激した。その様子が河上の著作にも露伴の史伝にも読み取られる。私たちは現在を歴史を振り返ることで新たな現実に直面する。書物を読む面白さはそこにある。河上の著作は、松陰の国際認識から橋本左内との交際、師と仰いだ佐久間象山、と考証していく。昭和43年の著作で昧読すべき作品と心得る。

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