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2014年11月20日 (木)

高倉 健 追悼

 この7年、8年、東映任侠映画をよく観てきた。昨今の日本映画のつまらなさによるものと言ってもよい。かつて三島由紀夫は俳優として映画にも出演しヤクザ映画を評価していたことが、その後も気になっていたからだ。もちろん作品はピンからキリである。三島の評価をすべて納得するわけではない。しかしマキノ雅弘という監督がどういう才覚をもって作品を撮り続けたかということには新たな感想を持った。高倉 健(以下、敬称は略させて頂く)という俳優は、おそらくマキノ雅弘という監督によって骨の髄まで鍛えられ育てられたと思われる。マキノは高倉を健坊と呼んでかわいがりスター俳優に育て上げた。

   映画や芝居、大衆演劇という表現がどういう本質を持つのか、という問いは何かの可能性を開くものと思われる。そこに観客は自らの実存の可能性と不可能性を直感するとも言えるからだ。三島だけでなく、かつての学生たちが一世を風靡した東映任侠映画に強烈な刺戟を受けたことは、観客が映画館から出てくる時は多くが肩をいからせながら出てきたと伝えられたことからわかる。それは此の国独特の歴史の一齣に過ぎまい。しかし、それは映画作品が観客に与える本質とは何か、という問いも引き出す。高倉 健という俳優の人生は、そのような感慨をもたらす引き金にもなった。

 それはともかく、先ずは作品を再観、再々観してから再考しよう。

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