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2014年10月 2日 (木)

解釈学とは

 ハイデガーの〝哲学〟が現象学的解釈学として規定されることに矛盾を指摘する論考もかつて読んだが、『存在と時間』を出版する前のハイデガーの研究をまとめた『オントロギー(事実性の解釈学)』(創文社 1992年)でハイデガーはディルタイの生の哲学の限界を指摘しながら当時の聖書解釈学なども参考にしながら解釈学という規定を次のように説明する。

 解釈学はいまではもはや解釈そのものではなく、解釈の条件、対象、手段、伝達、実際的適用についての教説である。(同書p16 13)

 この教説という語彙に注意すべきだろう。おそらくハイデガー〝哲学〟の立場は、このような教説的背景を有しながら、そこから一線を画し形而上学とも異なる境地でフッサールから学び取った現象学に〝解釈学〟という自らの〝哲学〟と云う領域を切り開いたという自負が『存在と時間』という当時の講壇哲学教師たちからは不可解な書物として結実したのである。

 また次のように説く。

 この術語がその根源的な意味への繋がりにおいて言い表しているのは、ヘルメーネウエイン[告げ知らせること](伝え知らせること)の遂行、つまり、事実性(読点)を出会いや観取や把握や概念にまでもたらすように解釈すること(ここも強調の読点)の遂行のある一定の統一態である。(同書p18)

 また次の説明も〝解釈学〟という術語の何たるかを明らかにしている。

 対象から要求される接近方法としての解釈学がそれの「対象」に関して指示していることは、この対象が解釈しうる対象また解釈を要する対象としての有をもっているということ、その対象の有には、何らかの仕方で被解釈性<Ausgelegtheit>のうちに有ることが属しているということである。解釈学が課題とするのは、それぞれに固有の現有をその有性格においてこの現有自身に近づけ、告知すること、現有が陥っている自己疎外を追及することである。(同書p18~19)

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コメント

解釈の条件、対象、手段、伝達、実際的適用って
ふとオ―ケストラの指揮者の仕事そのものに思えました。

投稿: F164 | 2014年10月 2日 (木) 午後 06時20分

F164さん コメントありがとうございます。それは面白い指摘です。ハイデガーの音楽論を私は殆ど知りませんが、それは興味があります。絵画に関してはゴッホの絵の分析があるのですが。

投稿: アカショウビン | 2014年10月 3日 (金) 午前 06時04分

解釈の条件、演奏する順番 オーケストラの種類?
対象、スコア。
手段、?伝達、オーケストラへ。
実際的適用、本番。
みたいな感じ?笑

投稿: F164 | 2014年10月 3日 (金) 午後 10時07分

 F164さん それは検討に値する比喩と思います。私はかねがね音楽の存在論を考察してみたい衝動に駆られています。ハイデガーが存在を時間性という概念で考察したように時間の芸術といわれる音楽を時間性で分析することは十分可能だと思われるからです。

投稿: アカショウビン | 2014年10月 5日 (日) 午後 11時36分

最後の引用の言葉を、こう置き変えると―。
対象(曲)から要求される接近方法としての解釈学がそれの「対象」(曲)に関して指示していることは、この対象(曲)が解釈しうる対象(曲)また解釈を要する対象(曲)としての有をもっているということ、その対象(曲)の有には、何らかの仕方で被解釈性<Ausgelegtheit>のうちに有ることが属しているということである。解釈学が課題とするのは、それぞれに固有の現有をその有性格においてこの現有自身に近づけ、告知すること、現有が陥っている自己疎外を追及することである。(同書p18~19)

投稿: F164 | 2014年10月 7日 (火) 午後 06時59分

 F164さん コメントありがとうございます。そうですね。この置き換えは私は有効だと思います。最後の文章は、現有が陥っている自己疎外を〝楽譜(スコア)〟が陥っている~と置き換えれば考察するに価するでしょう。

投稿: アカショウビン | 2014年10月 8日 (水) 午前 12時04分

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