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2014年9月23日 (火)

木田元氏の業績と功績

 若い友人の就職祝いで新橋で一杯やったときアカショウビンにお気遣い頂き何十年かぶりで目にした〝週刊読書人〟の9月12日号の木田元特集の教え子さん達の対談を読んで氏の業績と功績に思い及んだ。何ともわれわれが思い描く哲学教師とは異なる破格の優れた教師の姿が二人の追想談から読み取られて啓発された。授業のあとの飲み会とかカラオケは、かつての、あるいは現在のアカショウビンの怠惰な日常とも関連してくるからである。木田氏は哲学教授としてハイデガーと同じように哲学教師たちを育てただろうがハイデガーを介して教え子たちが評価するメルロ・ポンティの翻訳の優れた仕事とは別にハイデガーの優れた読者として弟子達の目標ともなったことを理解させた。それは木田氏と同様にハイデガーの著作、講義録を読む面白さからアカショウビンも同様である。木田氏が晩年に出版された「すべて小林秀雄から教わった」という著作で小林秀雄や保田與重郎に言及している事は、碩学には恐縮だがアカショウビンと同じ恩恵を受けているからである。絵画や音楽、文学、思想はアカショウビンも小林から教えられた。最近の若い研究者たちから小林秀雄がハイデガーと比較されていることもかつて読んだ。それもまた面白い視角だと思う。戦後の闇市のなかで貪欲な知識渇望からドストエフスキーやハイデガーに生きる活路を見い出した木田氏の精神的枯渇は現在のアカショウビンの日常が激しく共振する。木田氏の教え子たちと場所を違えて同時代を生きたアカショウビンの青春は異なるが、どこか通底してるのを知ったことは幸いである。

 木田氏のあとにハイデガーを読み継ぐ私たちは、原発時代の西洋哲学的、思想的到達点から更に高みを目指さなければならない。それが木田氏の遺志を継ぐことであり、ハイデガーの思想を更に継承し乗り越えることであるからである。

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