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2014年8月24日 (日)

夏を往く

 木田さんが亡くなられたのは16日だ。たしか大腸ガンを患われていたのは何かのメディアで知らされていた。新聞報道での死因は肺炎だったがガンとの闘病の体力消耗によるものと思われる。16日という日付は敗戦の日まで気丈に耐えられたのであろう。先の大戦を経験された人々にしか、その生き様の奥底は計り知れないものと思う。

 先日は久しぶりに文庫で、島尾敏雄(以下、敬称は略させて頂く)と吉田 満の対談を読み直した。新編で、橋川文三の「戦中派とその『時間』」(毎日新聞 1980年4月4日 夕刊)、吉本隆明の「島尾敏雄-戦争世代の大きな砦」(1986年11月15日 『静岡新聞』)、鶴見俊輔の「吉田満-戦中派が戦後を生きた道」(2001年 『潮』8月号)、が収載され、「もう一つの『〇』」のタイトルで加藤典洋の解説が付け加えられている。

 この対談は昭和53年8月に中央公論社から出版された。島尾が吉田の「戦艦大和ノ最期」を、それまで読んでいなかったという発言には改めて驚いたが両人は「夕方から夜おそくまで」(島尾)語り合って尽きなかったという。もう一度語り明かしたかっただろうが、吉田は早世する。「散華の世代から」(1981年 吉田 満 講談社)には昭和19年から51年までの吉田の論考と昭和50年にNHK教育テレビで行われた大久保喬樹との対談が収められている。これは何度か繰り返し読んできた。夏が終わるまでに再考の契機となるだろう。

 23日の毎日新聞の朝刊には「[戦争と大量虐殺] 必然の倫理観喪失」のタイトルで柳田邦男の論考が掲載されて新たな事実を知った。そこで引用されているソルジェニーッインの「煉獄の中で」から引用した一文は書き留めておこう。

 「いかなる戦争も解決にはならない。戦争は破滅だ。戦争が恐ろしいのは、火災や爆撃のためではなく、何よりも、自ら思考する者すべてを、愚鈍の必然的な暴力に追いやってしまうことだ・・・」

 柳田は、先の大戦でソ連軍による日本人虐殺の葛根廟事件を紹介して同様のイスラム過激派集団「イスラム国」のクルド族・ヤジディー教徒の大量虐殺、女性や子供の生き埋め行為を批判している。われわれは同時代のそのような現実と共時して現存していることに迂闊であってはならない。

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