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2014年8月 5日 (火)

無調音楽と無調主義の可能性

 朝のテレビでシュニトケの作品を演奏している。シェーンベルクの12音階技法によるものだ。久しぶりにハイドンのピアノ・トリオを聴いている中でこのような作品を聴くと新たな愚想に誘われる。われわれアジアの民が18世紀から20世紀の西洋音楽に強い影響を受けている事実は思想的にはどのように理解することができるのだろうか、というような。見事な演奏をしているのは優れた日本人ヴァイオリニストとピアニストだ。

 たとえば西洋人からブルックナーは日本人には理解できないだろうと批評家の吉田秀和は問いかけられて反論しなかったのではなかったか。吉田のブルックナー理解は、その後に深まったかもしれぬが、そう問いかけた西洋人の問いに果たして本質的に回答はされたのか詳らかではない。マーラーに関しては先年文庫も発刊された。ブルックナーとマーラーの或る師弟関係は何を意味するかは別の主題だが、西洋人が当然の如く言い放つ西洋音楽の本質の如き作品を東洋の島国の民が理解できるのかどうか、という問いは音楽というジャンルを問わず現在も興味深い問いと思われる。

 そこで日本浪漫主義という思想を展開した保田與重郎の思想が果たして日本無調主義という思想的立場がありうるのか、という愚想に誘われるのだ。敗戦の日を前にナガサキ、ヒロシマの歴史に思いを馳せながら些か愚想に浸り新たな世界を模索してみよう。

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