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2014年5月 1日 (木)

すこぶる

〝すこぶる〟という語を知ったのは中学生の頃に、親にねだって買ってもらった天体望遠鏡の使用説明書の文章だった。口径6㎝の屈折望遠鏡は愛読していた「天文ガイド」という月刊誌の広告で見て父親にねだった。説明書には「すこぶる使いやすい」とか「すこぶる目的の天体を導入しやすい」などという使い方をしていたので「とても~しやすい」という意味だとはわかったが教科書で読んだことがなかったので強く印象に残ったのだった。

 それはともかく、父は東京の髪結い店で働いていた姪っ子の様子を知るために母とアカショウビン兄弟を連れて家族旅行を思いついた。その時に望遠鏡メーカーを訪れたのだった。ところが、そこに製品はなく、紹介された百貨店まで足を運んだ。それを配達させればよいのにアカショウビンは説明書を読みたくて持ち帰ることにしてもらった。父は姪を宿泊した旅館に呼び出し近況を聞いた。アカショウビンの従姉にあたる彼女はぢゃぢゃ馬娘で高校生の頃は有名だった。それも社会に出れば多少は矯正されると父親は期待したのだろうが無理だったようだ。東京生活ではお決まりの恋愛沙汰があったが故郷の将来を嘱望されている男に嫁いだ。その後、京都で幸せな家庭を築いた。

 それはともかく、一家は当時の夜行列車で鹿児島まで戻り船で奄美に帰った。それからアカショウビンは将来、天文学者になる野望で勉学に勤しんだのだった。ところがそのうち心変わりし文学書など読むようになり堕落の道にはまり込んだ。

 ところで〝すこぶる〟である。実はいま読んでいる文庫本に、〝すこぶる〟がよく出てくるのだ。引用している内村鑑三の文章に。望遠鏡の説明書の作成者も明治か大正生まれだったのかもしれない。その文庫のあとは内村が激しく共感した同時代のカール・バルトの著作も読み解かなければならない。「ローマ書講解」は上巻を読み、その過激さに呆れて放ってあるが、内村のバルト論を介して改めて読み通してみよう。同時に当時のドイツの中でハイデッガーのバルト論なども追跡してみなければならないだろう。

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