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2014年3月11日 (火)

アラン・レネ追悼

 アラン・レネの「夜と霧」を観たのは高校の頃だ。映画館を出て街の雑踏に我が身と意識の居心地の悪さを実感した。それはスクリーンの映像と街の空間の違和とでもいうものであろうか。世の中の動きにも関心が働きだした高校生にとって、三島由紀夫の割腹事件や連合赤軍事件は時代が大きく動いているのを実感した。それは人間の歴史にとっていつの時代も変わらぬ同じようなものとも言える。事情は現在の日本と周辺国家、世界情勢でも同じである。人は時代の中に放り込まれて足掻き娑婆の生を過ぎる。

 「夜と霧」という作品は未だにアカショウビンにとって凡百の映像作品の中でも傑出している。その歴史事実は意識と精神の中に格別な経験として食い込んでいる。その苛烈な映像で伝えられた歴史事実を自ら納得する思索と行為を持続してきたか振り返ると暗澹たる思いに落ち込まざるをえない。

 小学生から中学生、高校生の頃に起きたキューバ危機やベトナム戦争、三島事件、連合赤軍事件と連なる日本という国と世界は現在と歴史としてわれわれに受け継がれている。それは現在を生きることへの意味となって収容所で殺されたユダヤ人、福島で亡くなった人々が発する此の世で生きる意味とは何かという問いにもなる。既にアカショウビンの人生は残り少ない。昨年来の体調不良は明らかに終焉に向かい螺旋状に落ちていくのを痛感する。恐らくレネのような長寿はまっとうできないだろう。しかし若い頃に決定的ともいえる作品に正面した者として仏教で説く娑婆世界の生とは如何なるものかという問いは発さざるを得ない。昨日の夕刊には新聞にレネ追悼の寄稿文が掲載されていた。そこで次のようなジル・ドゥルーズのレネ評が引用されていた。

 「レネの唯一の主題、それは死からよみがえってくる人間である」

 それは「夜と霧」の原作を映像化した収容所のユダヤ人たちの姿を見れば、一つの視点を提供する。しかし、それを裏返せば、よみがえることのない人間、という解釈もできる。キリスト教文化圏でイエス・キリストの復活は、人間の甦りとして聖書の中で言葉が尽くされている。しかし、それはニーチェやハイデッガーらによって西洋が背負った運命として解体が試みられた。それは恐らく現在でも完遂されたとはいえない。

 果たしてそれは完遂される時が在り、訪れるのだろうか。それを少なくとも生涯思索したのがハイデッガーの存在とは何かという問いだ。その問いの磁場に捉われてアカショウビンの生も終わるだろう。そこに回答はできても、その根本的な解答は恐らくない。幾つもの回答があるだけだ。

 レネの「夜と霧」以降の作品は幾つか観た。しかし、それが「夜と霧」を超えているとは思えなかった。それは映画作品としての制約の中でのものとしても「夜と霧」は原作を超えて傑出していると思える。アカショウビンにとって、それは高校生の頃の直感に等しいほどのものである。作品の価値は西洋の歴史として後に続く人々に背負わされ問いは突きつけられる。レネにしろハイデッガーにしろ、それは根本的な問いに回答を試みる、それぞれの一例と思われる。

 ドゥルーズと三島は何事かの決意と絶望によって自らの生を絶った。ドゥルーズはともかく三島の死は恐らく江藤 淳が小林秀雄に述べたような「病気」ではない。自ら生を絶つという行為には人間という生き物が背負う仏教が説く業(カルマ)の如きものと、ハイデッガーが思索した存在と時間とは何かという問いが共振している。

 シェリングが説きハイデッガーが当時の苛烈な時代の中で正面して思索し続けた〝悪〟とは何か?存在とは何か?という問いは、西洋から発信されたものであるけれども親鸞を挙げるまでもなく洋の東西を問わない人間存在という存在への問いである。

 91歳という長寿は果たして寿ぐべきものか、それはわからない。レネは「夜と霧」という作品を拵えたことによって背負いきれない重い問いを突きつけられたのかもしれないからだ。ドゥルーズや三島のように自らの命を絶ったほうが或る意味で楽なことかもしれない。それほど人間という生き物は始末に困る厄介な生き物であることは忘れないでおきたい。

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