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2014年2月13日 (木)

不如意と日々雑感

 先日、食事が出来なくなり、体調不良で近くの病院へ行った。採血、エコー検査、CT検査と進み薬を処方された。2種類の錠剤を食後に3度飲む。3日くらい飲み続けると太腿から脛に発疹が生じた。それに足の甲がパンパンに腫れ上がり足の指も河豚みたいになっている。異常である。薬の副作用だろう。1週間後に医院に行き院長に症状を説明した。しかし脛をチラリと見ただけで再び採血、肝機能を改善するという注射。同じ錠剤を1週間分渡された。

 今週は両足の浮腫みは改善されるどころか酷くなっている。加えて呼吸もおかしい。息切れが多くなっているのだ。歩行もスタスタとは歩けない。膝裏の浮腫みのためだ。長い階段を上り下りする時は大変である。多くはエレヴェーターを利用する。しかし階段しかないところは一苦労だ。傍から見れば高齢者か身体障碍者の動きだろう。

 横になっていると、そのままあの世へ行ってしまいそうだ。それはそれでよい。しかし昼間は求職活動やアルバイトもしなければならぬ。下半身が浮腫んでいるといっても歩行は出来る。立っていられない痛みというわけでもない。むしろ身体を動かし人と会い話をすれば気も紛れる。食欲も元に戻った。しかし何やらゆるゆると最期へ向かっているような気もする。それは医者といえどデータを読み解くだけでは了知できないように思う。アカショウビンは医者は敬しても信じてなどいない。日本の医療体制は医者を酷使し営利体質が蔓延していることは病に罹り病院の対応を見れば推察できる。

 先日はたまたま「9割の病気は自分で治せる」(岡本 裕著㈱中経出版2009年1月30日)という本を古本で購入し読んでいる。現場の医者が日本の医療体制を告発している内容ということで読み始めた。

 それはともかく。果たして此の症状は回復するのであろうか?そのまま死への道行をヨロヨロと辿っているだけではないのか?まぁ、繰り返し読み抜き理解したい書物や何度も聴き直したい音楽や志ん生や円生の落語はまだまだ聴きたいが十分聴いたとも思う。無職のまま朽ち果てる姿が明滅する。この数年で逝った縁或った人々の仲間に入る日も近いのかもしれない。身辺整理はなかなかできない。しかし粛々と取り組まねばならない。

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2014年2月 1日 (土)

葬列と黙礼

 奇妙な夢を見た。川か池の辺で日本猿と思しき猿が自分の身体の倍以上もあるような鯉のような魚に抱きついているのである。猿はその魚を食べようとしているように思われた。とにかく食いつけ、と夢の中の私は猿にけしかけているようなのだ。ところが、その猿は途方に暮れているようでもある。

 この夢を解釈すると、人間という生き物は野菜など植物や魚族や牛豚羊など、他の生き物を食べる社会システムを構築する事で数を増やし存続してきた。それを文明という概念で担保する。しかし所詮、現在の現状は猿が鯉を食べる姿の成れの果てといってもよいのではないか。

 最近、体調が悪く、そのせいかどうか、寝入る間際に幻覚を見た。暗闇の中に猿や豹のような生き物の顔と眼が明滅しながら、ゆらゆらと眼前を過ぎてゆく。その後は女性の和服のような着物が、やはりゆらゆらと風にそよいでいる。それは或る警告なのかもしれないと思った。人として現在まで生き長らえているアカショウビンは生物として発生して変容を遂げ生き延びた猿の成れの果てでしかない。人は死を覚悟する特異な生き物であるとは或る思索者の洞察である。その事は人類の起源の頃に何かが突然変異し後の人間のなかに抜きがたい病のように持続している。そのような予告とも警告ともつかぬ何かがメッセージとして発信された。それは妄想というより確信の如き直感がはらたいたようにも思われたのである。

 或る詩人は、人を旅人にしつらえて、「汝もまた岩間からしみ出た水霊にすぎない この考える水も永劫には流れない 永劫の或時にひからびる」と記した。牽強に付会すれば猿と鯉の夢は、詩人の作品に残された旅人と水霊という極上の譬喩の悪しき変容とも解釈されるだろう。

 先日、電車の中で若者がパソコンを抱えて何とディスプレイで漫画を見ている。それは果たして何事かの研究や勉強の一貫なのだろうか。アカショウビンの短絡と直感ではそうではない。彼は漫画を書籍として買う手間と金をパソコンで手軽に安く手に入れた、とニンマリし、自分の賢さを公衆の中で得意げに露わにしていると自覚しているのではないか。それは日本社会だけでなく文明の幼児化として論ずることも可能のように思うが今はさておく。ことほどさように、昨今の文明国の人間どもはパソコンや原発で猿よりは相当に賢くなったと錯覚、妄想しているのではないか。病こうこうに入ると古人は達観した。そのように恐らく、それは錯覚であり妄想の如きものだ。

 昨年、21年ぶりに帰郷する前に中学時代の同級生を久しぶりに誘おうと自宅に電話をかけたら2年半前に他界したという奥様の言葉だった。彼とは20数年前に別の友人と三人で中学以来久しぶりに会い痛飲し自宅まで押しかけたことがあった。久しぶりに故郷の姿と人々と会える楽しみを分かち合いたかった。それが幽明を分かち2年半が過ぎていた事に愕然とする。彼の葬列には参加しなければなかった。その事に忸怩たる思いに突き落とされるのである。

 最近の体調不良はアカショウビンの余命を宣告しているようにも思われる。その死を2年後、3年後に聞く友人達もいるはずだ。それは今生の不可思議な縁というものである。彼らのためには暫し黙礼し此の世の縁に感謝しておきたい。

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