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2013年12月25日 (水)

或る人の誕生の日に

 時節柄、この数日、CDで第九やバッハの「クリスマス・オラトリオ」を聴いている。今朝も「クリスマス~」を聴きながらテレビの衛星放送を見ると〝ドレスデン十字架合唱団〟の昨年12月7日の日本でのコンサートを放映している。ブルックナーの「アヴェ・マリア」やグリーグの「海の星」など〝聖夜〟に因んだ作品が選ばれている。この東洋の異文化の国で異教徒の神の申し子とされた男の誕生を祝う根拠を多くの人々は知らない。アカショウビンは仏教徒の末席を汚す俗物であるけれども、しばし異教徒として感想を述べたくもなるのは毎年の衝動的な気持からである。

 「クリスマス~」のCDは1965年にカール・リヒターが指揮したミュンヘン・バッハ管弦楽団と同合唱団の録音である。「マタイ受難曲」とは異なる祝祭的な作品は異教徒といえど心浮き立つ感興を楽しむ。「マタイ~」の陰鬱で崇高な楽想とは異なるバッハという音楽家の持つ懐の深さは、この作品を聴くことによって味わい深く聴くことができる。

 それはともかく、ドレスデン十字架合唱団の変声期に差し掛かる少年達の声は中性的な不可思議な境地を表現する。それは敬虔なキリスト教徒としての無垢なものといってもよい。しかし、そこには宗教的な風土から醸成された文化が横溢している。それは異文化の人々には感性的には伝わっても理性的なレベルでは異なる境地となることもあるだろう。イエスという男が磔刑となって殺された歴史的事実をキリスト教文化圏では物語化して後世に伝えた。その現在に私たちは生きている。それは米国という超大国の政治的な現在と密接に関連している。その是非を問うことはさておく。しかし師走を求職しながら汲々として毎日を凌ぐアカショウビンに暫しの音楽的な時空間は心地よい事は正直な心境だ。異教徒にとってもベートーヴェンやモーツァルトと同じくバッハは、特別で別格な音楽家なのである。

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