« 「学校Ⅲ」を観直す | トップページ | 水俣病の今後 »

2013年10月11日 (金)

新聞から

 10月3日の読売新聞は水俣の特集を組んでいる。特別面という体裁で18面から19面までの2面構成だ。19面の見出しは「水俣の悲劇 教訓に」。胎児感染をした坂本しのぶさんのコメントとお母さんのコメントを掲載している。そのコメントの重さを政治家と為政者はどれほどの覚悟で聞き読むか知らない。安倍首相の「克服」に患者側から強い批判があったことは当然だ。安倍(以下、敬称は略させて頂く)は水俣病をどれほど勉強し患者達の声と叫びを聴き取っているのか?石牟礼道子の「苦海浄土」という作品をどれほど熟読、精読しているのか?もし日本の歴史の一事件が世界的な問題を孕んでいるという意識で発言するなら「克服」などという官僚の作文で世界にメッセージを伝える筈はない。

 渡辺京二や石牟礼道子が地元から血を吐く思いで書き残し、書き続けている言説、論説を踏まえて発言するならあんな稚拙な官僚の作文を読むだけのメッセージになる筈がない。水俣の人々や作家、写真家、映像作家、思想家たち、自らの問題として引き受けた者たちからすれば、それぞれの位相で発言の内実というものがある。安倍の集団的自衛権と憲法改正への意欲は二代目、三代目の政治屋の言説、論説では済まない位相の問題である。その事に自覚的か、能天気かという判断は明確に立て分けなければならぬ位相の問題であることは自覚したほうがよい。

 水俣病という公害は我が国では田中正造が明治時代に告発した歴史と密接に関連している。それは米国でレイチェル・カーソンが「沈黙の春」という著作で農薬公害を告発した時から米国と日本の中で通底している主題なのだ。公害という言葉は「公益を害する」という言葉から命名されている。田中正造が生涯を賭けて戦った「足尾銅山鉱毒事件」は正しく事件なのである。田中から言わせれば、それは「国家犯罪」である。田中は人生を賭けて故郷の国家犯罪を告発したのだ。その経緯は既に「田中正造の生涯」(林 竹二著 1976年7月20日 講談社現代新書)の中で林が詳細に説いている。林の著作と「谷中村滅亡史」(荒畑寒村著 1999年5月17日 岩波書店)を読めば足尾銅山鉱毒事件の経緯は水俣病という惨事として繰り返されていることは明白だ。

 深夜のNHKテレビではオリバー・ストーン監督のシリーズ番組の第3回を再放送している。トルーマンとヘンリー・A・ウォレスの確執を描いた回だ。これは以前に観た。それはオリバー監督の冷静な言説と母国の歴史にメスを入れたものだ。そういう作品は日本でも作られている。小津安二郎や黒沢 明、木下恵介、新藤兼人らの巨匠、名手の作品を見ればわかる話だ。しかしドキュメンタリーとして映画作家が先の大戦と向き合った佳作は小林正樹監督の「東京裁判」だ。これは一兵士として戦争に参加した映画人の作品として、また日本人として刮目して視なければならない作品と言える。それはさておく。しかし、日本人が敗戦として経験した先の大戦は現在の政治、経済、文化の問題まで含んで現在を生きる日本国民には重大な歴史として継承されている。それは左右両翼の激論、暴論、妄論を聴き読めば各国民に突き付けられる喫緊の問題であることは言うまでもない。

 水俣の問題に戻ろう。読売新聞の特集で、「同じ思いしてほしゅうなか」の見出しで坂本しのぶさんのお母さんが語る話を安倍首相も与党の大臣も与野党の政治屋も政治家も心底で聴き取らなければならないだろう。そこから役職とか社会的立場ではなく一人の人間として声を発さなければならない。明治の国策として生じた足尾銅山鉱毒事件、米国の農薬公害、日本の戦後に起きた水俣病事件は明らかな関連がある。それは原発にしてもそうである。東電の事件は人災以外の何物でもない。それは科学者や福島で震災の被害に遭われた人々の声と告発を詳細に聴き読めば現代という時代に科学技術が発展、展開して、どういう結果を齎しているのかという本質的な問題に至る。それを究明しなければ瑣末な表層的な問題として同じ過ちを繰り返すだけだろう。

 米国が日本に2発の原爆で大きな犠牲を最小限に留めたというトルーマンの言説は欺瞞以外の何物でもない。それは日本国民として日本人が世界に発信しなければならない究極のメッセージである筈だ。そのような人類にとって根幹的な問題を米国世論に気を使う必要などありはしない話だ。その事に我々日本人は自覚的でなければならない。それは米国のポチと成り下がって失言を繰返す為政者の問題でない。アカショウビンは一人の日本国民として昨今の政治状況や経済状況、日本の文化の問題として実に危うい意識を持つ。

 本日は日本画家の竹内栖鳳の作品展を東京国立近代美術館で観てきた。それは雪舟、応挙、若冲、北斎、広重、鉄斎に続く大観と並ぶ、日本画の到達点の如きものである。泰西名画と拮抗する日本美術の粋の一つと諒解する。保田與重郎の日本美術論とも絡めて論じなければならない主題だが、いずれ展開させよう。

|

« 「学校Ⅲ」を観直す | トップページ | 水俣病の今後 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/111335/58359896

この記事へのトラックバック一覧です: 新聞から:

« 「学校Ⅲ」を観直す | トップページ | 水俣病の今後 »