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2013年9月11日 (水)

近代美術

 毎年ではないが、年に2回くらいは美術館へ出向く。大阪に棲んでいたころは京都の河合寛次郎記念館や宝塚の鉄斎美術館も訪れた。今年は長野県小布施の北斎館も短時間だったが訪れられた。

 数年前にハイデッガーの「芸術作品の根源」(関口浩訳 平凡社 2008年7月10日)を読み独特の作品論が面白かった。ゴッホの「靴」(1886年)を論じたものだがハイデッガーらしい視角が新鮮だった。初出は1935年。翌年、大学の学生会や神学校などで講演したものを後日ハイデッガーが1956年に手を入れて出版された。日本は昭和10年、日中戦争に突入する前々年だ。1929年の大恐慌でドイツではナチスに大きく国民が加担していく。1932年にナチスが政権を掌握して3年後。政治は急変している。そのような中でハイデッガーは芸術論に手を染めている。

 日本で小林秀雄が「ゴッホの手紙」を刊行したのが昭和27年だ。「近代絵画」は昭和30年から藝術新潮に連載を開始し33年に出版した。保田與重郎は「日本美術史」を同じ藝術新潮に23回連載。昭和43年に出版している。これは素人眼にも瞠目する美術史だ。保田の面目躍如。再読、再々読して厭きない。保田はハイデッガーのゴッホ論は戦前に読んでいると思われる。小林はどうだろうか。保田の連載は読んでいた筈だ。恐らく驚愕し強く刺激されたものと思われる。保田独特の執拗というか眼底から精神に日本美術が視られ抜いていくのは圧巻だからだ。この著作への小林も含めて当時から現在までの評価は知らない。しかし、この著作には保田與重郎という文人の小林とは異なる眼力の深さが書き残されている。

 西洋美術に対比させるまでもなく日本美術の高みは白鳳・天平期に世界的な境位に達していたことを繰り返し述べる。その洞察と深淵には畏敬を超えて狂おしいものさえ感じる。

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