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2013年9月 5日 (木)

木下恵介作品を観る

 先日、久しぶりにレンタルショップを訪れたら何と木下恵介監督の作品が幾つか新しく出ていた。そのうち3本を借りてきた。「陸軍」(1944年)、「破れ太鼓」(1949年)、「風花」(1959年)だ。これを年代順ではなく逆に観た。内容の説明は敢えてしない。作品の評価は研究家やファンの間で縦横にされている筈だ。以下はアカショウビンの独断と偏見によるものである。敬称は略させて頂くことをお断りしておく。

 ネットで調べると監督としての木下のキャリアは1943年の「花咲く港」に始まり1983年の「この子を残して」まで47本の作品を残している。アカショウビンが観たのはそのうち十数本に過ぎない。しかし映画作品は時代を映す。そこで観客は幾らかの感想を得る。それは衝動と感想として言葉で伝えたくなる。以下の感想もそのような衝動に拠る物である。

 「風花」は、木下恵介の人情が面目躍如する作品だ。長野県の旧家で父無し子を産んだ女を若き岸恵子が好演している。農地解放で落剥した地主農家の行く末を描いている。「破れ太鼓」は、小林正樹が木下と共同脚本を書いているというので興味深く観た。しかし演出の甘さは目に余ると言ってもよい出来だ。主演は坂東妻三郎。大御所である。しかし木下と小林の共同脚本は十分に練られたものとは思われない。きつい評言をすれば〝アプレゲール〟の気取りと軽薄が全編に横溢した駄作と思う。もちろん監督としての木下の才覚は幾つかのカットに見て取れる。しかし成金男とその家族を描く手練は幼稚とさえ思われた。まだ戦時中に完成させた「陸軍」のほうに木下恵介という才覚は充溢している。

 「陸軍」は国策映画である。しかし木下の才覚は、ここに十分に表現されている。この作品を撮ったことで恐らく戦後に木下は〝戦後民主主義〟の時代の空気の中で安易な批判をされたと思われる。それは後出しジャンケンのようなもので見やすい事だ。しかし池田忠雄の脚本による物語は先の大戦の経緯を幕末から説き起こし昭和19年11月の公開まで日本の歴史として描いている。監督としての木下は脚本は池田に任せ陸軍の意図にそって纏め上げたことが推察されるからだ。しかし、そこに映像作家としての木下の才能、才覚はしっかり定着されている。戦後の小津安二郎監督作品で優れた演技を残した笠 智衆と東野英治郎が好演しているのを確認できただけでも「陸軍」は収穫だった。

 この作品の価値は国策にそった作品とはいえ戦前の歴史のなかで現在の尖閣問題なども想い起こさせる場面も見て取ることができることだ。戦後の木下の代表作とされる「カルメン故郷に帰る」(1951年)や「二十四の瞳」(1954年)に先立つ作品として特筆されてしかるべき作品と思う。木下恵介という監督の資質と才覚は軍国の父と母を演じた笠 智衆と田中絹代の姿に体現されていると思うからだ。それは「二十四の瞳」という作品を〝反戦映画〟と評するところからは恐らく見抜けない視角と思われる。それはまた別のテーマであるけれども。

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