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2013年8月15日 (木)

鎮魂の日に

 テレビや新聞をあれこれ観読みながら聴くなかで辿り着いたのがシューベルトの作品78・D894というのはアカショウビンにとって一つの偶然だが必然と言ってもよい。リヒテルの1978年ライブ録音である。繰り返し聴いて人という生き物が発する崇高の一つと確信する。このテンポと音は他の凡百のピアニストには発せられないように聴く。ルプーの録音など児戯に等しいと切り捨てても良い。内田光子や田部京子の演奏が、この作品の持つ深みに僅かに近いとも言えるだろうか。此の国の歴史の中で逝った人々を弔う音としてアカショウビンには幾つかの一つとして納得できる。ベートーヴェンでもモーツァルトでもなくシューベルトという早世した男のレクイエムのように聴こえるのはどうしようもない。一期一会という言葉を使っても良い。1楽章のモルト・モデラート・エ・カンタービレは26分18秒という他のピアニストの録音と比べれば異常に長い遅いテンポである。しかし、その必然をリヒテルは音で表現した。それを久しぶりに聴いて言祝ぐのである。

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