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2013年8月 3日 (土)

在日コリアンの戦後

 深夜にNHKで在日コリアンの戦後の生き様を放送している。それは異国での差別と同化の苛烈な戦いの日々である。アカショウビンは母の介護と見とりで約1年半大阪に棲んだ。東淀川区のマンションだ。それまで母と弟が住んでいたアパートから引っ越させ移り住んだ。就活はままならず移り住んで4ヶ月後に得た職場は工事現場の警備だった。それは或る底辺労働だった。それはそれで仕事があり日当は安くても就職できたということだった。しかし雨が降れば仕事がない。それでは生活できる筈もない。埼玉からの引っ越しと母の介護で貯金はすべて使い果たした。あとは友人からの借金で凌いだ。職場はその後、葬儀場の夜勤、大手百貨店のレストラン街の警備、地下駐車場の管理人と変わった。その間に大阪在住の高校の同窓生や東京や沖縄から来た友人たちとも久しぶりで会った。その詳細はさておく。しかし例えば警備会社の本社があった堺市の社会の背景にあるものの一端は聴き取った。そこは被差別部落の人々が住むマンションがあり、そこは格安で入居できる話などだ。

 NHKの番組では猪飼野に集まった在日コリアンの人々の体験が語られている。「猪飼野」という土地の特殊性は大阪に棲んでいた頃も何となく感じていた。番組では証言として語りの中で伝わる。日本名と母国名の違いに彼らは敏感で繊細な感情に領される。アカショウビンの高校にも在日コリアンがいた。彼は在学当時は日本名を名乗っていた。卒業後にアカショウビンが通った大学の図書館で偶然彼に会った。その時に彼は実は在日コリアンで今は母国名を名のっていると話した事に驚き感銘した。

 アカショウビンが戦後在日コリアンの現実を切り取った映画を見たのは「キューポラのある街」だった。主演の吉永小百合の友達の在日コリアンの姿を通して、この作品の中には戦後の社会が鋭く描き込まれている。あの作品が繰り返し観るに耐えるのは少女の成長物語と共に戦後社会の矛盾をしっかり提示しているところにある。

 アカショウビンは短い大阪在住期に在日コリアンの人々と交流することはまるでなかった。しかし、在日コリアンの戦後は現在の対韓国、対中国の問題と深く関わる。

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