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2013年8月13日 (火)

小林秀雄の語り

  かつて別ブログに書いた記事から小林秀雄の講演集について再録する。「信じることと考えること」と題された昭和49年8月5日の鹿児島県霧島でのものだ。柳田国男の「山の人生」の序文を引用して話す、二人の子供を殺した炭焼きの囚人の話にはあらためて慄然とする。文章でなく小林秀雄のナマの言葉として聞くとさらに。

 柳田は当時の自然主義の作家たちが他愛ない恋愛小説の如きものを書いて得意になっているのをみて彼らに「柳田さんは、何をしているんだ諸君は、と言いたかったんだと思うよ」と小林は言う。これが人生なんだ、自然主義文学なんか単なる言葉じゃないか、と小林は激し吐き棄てる。聴衆の殆どの若者たち(主催は社団法人国民文化研究会、夏季学生合宿教室)に小林秀雄の語気は刺激が強すぎるだろう。しかし小林の率直は恐らく年齢を超えて彼らにその先の人生を通じても伝わるだろうとも思える。

 この悲惨な事件を小林は違ったところから見れば「こんな健全な話はない」と語るのだ。子供たちは、おとっつぁんが可哀そうでしかたがなかったんですよ、と。炭を焼きそれを麓の村で売っても米一合にしかならない極貧のなかで、こんなにひもじい思いを自分達がしていても死ねば、おとっつぁんは助かるだろう、と子は父親の持つ(本質的な)不憫さを見抜いているのだ、と。「そういう精神の力でだね、(子供たちは)鉈を研いだんでしょ」。

 この話の底に小林は、言葉にとらわれない心理学なんぞにとらわれない本当の人間の魂に感動すると強く語る。その子供達の魂がどこかにいる、僕がそういう話に感動すれば、それはどこかにいるな、とも。

 インテリゲンチャたちの言葉が多すぎる。柳田のそういう話のところまで降りていかないと日本の精神の荒廃は治まらない、とも。それは34年が過ぎた現在なおさらそのように見える。

 宣長が異常なくらいに物知りと言われた人々を嫌悪した話を語りながら小林はインテリゲンチャという連中のいかがわしさを吐き棄てる。ジャーナリズムの言葉というのはインテリの言葉しか載っていない、とも。あんなものは観念に過ぎず、日本を愛する会などと徒党を組んで日本を愛せるわけがない。日本は伝統の中で国民の心の中にちゃんとある、と。ペンクラブも一蹴だ。わたしは一人で書いて生きてきた。左翼も右翼もイデオロギーでありそれを小林は厳しく拒絶する。それは実に清々しい言葉だ。

 多くの若い聴衆からすると彼らの先輩格にも思える男が「人間は考える葦だ」という言葉があるけれども、どうもそうではないように思うが、と小林に質問する。それに小林は宣長を通して答える。

 宣長は「かんがえる」という言葉を分析し、か、は意味がなく、「んがえる」を「むかえる」と分解した。「む」は身であり、がえるは「交う」であり、自分が身をもって相手と交わる、それが宣長が説いた考えることの意味だ、と小林は説明する。これは何と面白い分析と説明だろう。だから宣長によると考えるという意味は「付き合う」ということになるのですよ、と小林秀雄は話すのである。それは対象から距離を置いて観察するという意味では決してない。そこから「信ずることと考えること」という講演のテーマへと話をゆっくり巧まず接近させる。

  最近は読書の意欲にも欠けるアカショウビンの日常だが、小林の言葉を聴いていると人間が読み、考えるという行為のシガラミと自由も想起させられる。繰り返し玩味し、怠惰な日常に活を入れていきたい。

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