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2013年8月11日 (日)

浜田知明という版画家

 何とも凄い作品だ。NHKの日曜美術館で浜田知明氏の作品を紹介している。これは素人が言うのはおこがましいが、欧米を含めた世界な水準と確信する。浜田氏が熊本出身というのも熊本という土地の磁場を感じる。「初年兵哀歌」というタイトルとは異次元の作品が記録されている。そこで初年兵は〝芋虫〟である。自殺することばかり考えていたと言う言葉は重い。自殺した兵士の死に対する言葉も作品に定着されている。それはムンクの作品より強烈だ。それは恐らくムンクを超えている。中国戦線での経験を基に表された作品も現在の凡百の芸術家の作品と隔絶している。熊本の美術館では345点の作品を年に4回展示を変えて公開しているという。氏が若い頃にブラックやモジリアーニやゴヤの版画に影響されているという話も頷ける。ゴヤの晩年の版画に拮抗する深みと高みに到達していると確信する。銅版画にこだわる理由も納得する。30余年前の番組も振り返られる。それは画家という存在の貴重を伝えて余りある。現代美術と一括される以上の美術の到達といってもよい。兵士として経験した苛酷な体験が後にこのような作品を生み出す。人間の〝矛盾〟という言葉では表しきれない創造に立ち止まり愚想を重ねる力を得た。

 水俣に棲み続けている石牟礼道子さんや渡辺京二氏の作品を介すると熊本という風土の独特の磁場があるのではないだろうか。西南戦争の田原坂の戦いなど明治維新以来の熊本の磁場があるように思えるのだ。

 浜田(以下、敬称は略させて頂く)の核戦争に対する風刺作品も傑出している。永遠の人間性を描かねばならないという信念も非人間的な軍隊での経験による洞察によるものだろう。後に初めて試みた彫刻作品も見事というしかない。それは人間と生き物が、どのような境地に到達できるものなのかという作品群だ。何とも凄い美術家を知り得た幸いを言祝ぎたい。「晩年」という老婆の彫刻も是非とも実物に対面したい。2012年の作品も、ただただ驚愕するばかりだ。このような作品が戦後に残されていることは世界に伝えなければならないだろう。

 先日は久しぶりに「朝まで討論」という番組を見た。それなりに面白かったが口汚く言えば、荒れた中学か高校の学級委員会レベルである。国民の民度というものがある。テレビ番組で見える世界は或る現実の本質を伝える。果たして日本という国のレベルがどれほどのものかは政治家を見ればわかる。政治は昔風に言えば2~3等国である。文化は芸術作品に現れる。浜田の作品を見れば世界に誇れるトップレベルと確信する。95歳で矍鑠としておられる。是非とも新藤兼人監督の100歳を越えて作品を残して頂きたい存在だ。アカショウビンがあの世に行く前に一度、熊本まで赴き作品に正面し冥土の土産にしたい、と切に思う。

 番組はその後、オランダ・ハーグ派の作品を紹介した。それも見事。此の世を生きる楽しみは確実にある。退社で、へたってはいられない。

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