« 「明日への遺言」再見 | トップページ | 鎮魂の日に »

2013年8月14日 (水)

低脳児

 麻生のアホ発言や安倍政権の現状を見ていると、囲碁棋士の故・藤沢秀行が後進の打った手を罵倒する時に言ったとされる「低脳児!」という用語がとりあえず釣り合っている。歴史を学ばない政治家には、それでも足りないくらいだ。安倍が靖国参拝を止め玉串料を寄進し「形でなく心の問題だ」とコメントした、とマスコミは伝えている。国家のトップとして、そのようなコメントしか発せられないから「低脳児」と罵倒するのだ。〝心〟なんて、欧米・中国が主導する〝国際社会〟の中で通用すると思っているのか。だから、甘ったれのボンボンなのだ。国際社会の中では〝形〟が優先される。それがわからないのは囲碁の世界で大局が見える天才からは〝低脳児〟と一喝されるのだ。

 先日、「終戦のエンペラー」や「少年H」の只券を頂いた高校以来の友人N君と話した時に先の大戦の極東軍事裁判で唯一人、日本の無罪を主張したインドのパール判事のことを思い出した。アカショウビンはパール判事の論告をすべて支持するわけではない。専門家からしても賛否半ばすることは資料を読めば確認できる。しかし先日、来日した米国のオリバー・ストーン監督がコメントで述べたように米国のヒロシマ・ナガサキへの原爆投下の正当化は米国の歴史に残すべき恥とも欺瞞とも評すべき汚点である。

 ブッシュや安倍、麻生は歴史に残る「低脳児」であることを、この夏に確認しなければならない。それはアカショウビンからすれば実に簡単なことであるが他者に理解できるように説明することは簡単ではない。映画や書物を介して、それを試みなければならない。

|

« 「明日への遺言」再見 | トップページ | 鎮魂の日に »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/111335/57992020

この記事へのトラックバック一覧です: 低脳児:

« 「明日への遺言」再見 | トップページ | 鎮魂の日に »