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2013年8月 9日 (金)

懐かしい旋律

 NHKテレビで2006年に放映した加古隆(以下、敬称は略させて頂く)の特集番組を再放送している。今や世界的な作曲家・演奏家である。映画好きなアカショウビンは映画の最後のクレジットで目にすることも多く、加古隆の名はいつの間にか脳裏に刻み込まれていた。東京芸大を卒業しフランスに留学。1960年代後半のパリの学生運動を身をもって経験している。当時は、フリ・ージャズのピアニストとして高く評価された、という話も箔とか勲章のようなものだろうが、箔は箔、勲章は勲章。それが何だ、と言っても、世間でそれはそれなりの価値を持つ。

 学生たちの間でフリー・ジャズがもて囃されたのは日本も同じだった。というよりフランスやアメリカの音楽事情が日本にもいち早く届き影響されたということだろう。「阿弥陀堂だより」(2002年)、「博士の愛した数式」(2006年)の小泉堯史監督作品の音楽も加古ということで、この佳作の制作に加古が貢献していることを再認した。小泉監督のコメントも、監督の音楽に対する繊細な感受性と、加古がそれに応えた成果であることを承知する。

 加古は海辺で父親への思いを語る。父へのオマージュの作品が流れる。何とも情緒纏綿とした甘い旋律である。還暦を前にし、多くの西洋かぶれが辿った日本回帰、と揶揄もされるだろう。紀伊の熊野古道にインスパイアされた作品の創作過程が加古によって語られる。その作品も演奏された。それはクレーの作品に刺激されて作った作品とはまるで異なる。それを陳腐な「日本回帰」と一蹴することも可能だ。しかし、それで済まないものがある。それこそが論じるに足るものと思う。それを愚想すれば、精神の基底とか魂とか心とかの文字で表出できるだろう。それでも掬い取れない。しかし、それを云い当てねば、私たちが此の世に棲む意味は納得できない。もちろん、そんなことが出来る筈などない、という諦めと達観の声も聞こえなくはない。しかし、それを試みるのが娑婆の楽しみでもある。

 ピアノの音は木の響き、と加古は話す。その言や好し。彼が弾くピアノがスタインウェイ&サンズでなくベーゼンドルファーであることも何事かを伝えている。

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