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2013年7月 1日 (月)

紫陽花を愛でる

 昨日は休日出勤で宇都宮市へ。或る企業を昨年に続き訪ね紫陽花の群生を観ることができた。雨模様だったが何とか天気はもちイベントに支障はなかった。その企業の周辺は水田が広がり典型的な北関東の風景が広がる。その景色は古代日本の原風景にもつながるものだろう。

 帰宅し先日、友人のIさんから送って頂いたDVDでNHKで放映された「昭和維新の指導者たち~北 一輝と大川周明~」を見る。田原総一朗氏と松本健一氏(以下、敬称は略させて頂く)がゲスト。田原が北と大川の故郷も訪ね近親や弟子達に取材する趣向で番組は構成される。周知のように北の故郷は新潟県・佐渡の両津、大川は山形県の酒田市だ。両地ともアカショウビンはかつて何度か訪れている。しかし両氏の生家を訪れようという衝動はなかった。佐渡は学生時代から社会人になり仕事で佐渡金山や日蓮の流された場所は訪れた。酒田も仕事で訪れたが、本間美術館で宮本武蔵の水墨画を観に行ったくらいで大川の生家を訪れることはなかった。

 番組で北と大川の生涯を辿る中で一度くらいは再訪すべきであることを痛感した。それは明治から大正、昭和の終わりまで此の国の歴史を辿ることは現在と不可分であることを再認したからだ。北の思想と生涯の終わりは深く此の国の近代史を貫いて現在も再考しなければならぬ歴史と文化、民族の急所と心得る。早熟の天才、北の思想を現在の政治家達はどれほど理解しているか知らない。学者だが占領軍から思想的イデオローグとして見做された大川の思想の根本は現在も世界政治の中で生きている。大川曰く。〝アングロサクソン幕府〟に支配されるアジアを解放しなければならぬ。その言や良し。戦後はイスラム教のコーランの翻訳に没頭したことは東京裁判の奇矯な行為で精神障害をきたしたとされる大川の病状が戦後に回復されたことを伝える。弟子達との応接からそれを察する。東西を仲立ちする役割として大川は若い頃から生涯一貫して自らの志操を貫いたのだ。それは現在政治と近代の世界思想の中で改めて再考する可能性を秘めていることは現実の世界を眺めれば一目瞭然である。

 ところが現在の日本政治の現状を見て首相の浅学と政治の現実は何とも心もとない。果たして北や大川の如き世界的視野をもった思想家はどこにいるのだろう。チンピラ右翼や保守論客、同じく左翼の妄言、駄言はテレビやマスコミで横行している。不可欠なのは世界的視野と視線なのだ。それは洋の東西南北を問わない。

 紫陽花と水田の緑を眺めていると、そのような俗世を生きる中で暫しの安らぎを体験できたことを言祝ぎたい。しかし仕事に戻れば日々の喧騒に紛れる。死に至るまで人は足掻き生き抜こうとする。アカショウビンの場合、50年を生きられて十分と了知している。あとは余生だ。しかし、そこで何を為し、世のため人のために生きるか。それは容易いことではない。生きるだけで汲々としているのが現実だ。定年までの一日一日を、これまで以上に全身全霊を駆動させなければならぬことは言うまでもない。しかし、それは歳を重ねるごとに至難なことであることを痛感する日々である。

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