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2013年6月 6日 (木)

北斎館を訪れる

 仕事の合間に長野県・小布施の「北斎館」訪れる機会を得た。昼休みの短い時間だったが晩年の肉筆画と高名な天井絵を観られたのは幸い。絶筆とも説明されている「富士越龍図」も見られた。天井画はガラスケースで仕切られて近くで視られなかったのは残念。小布施から飯山の景観は諸国を渡り歩き作品にした北斎を楽しませた筈だと実感する。その眺望は多くの観光客にも共感するのではないか。車で素通りするには惜しい風景だ。北斎が生きた時代は徒歩でのんびりと豊かな自然を五体と共振させながら北斎も多くの人々も生きていた筈だからだ。

 先年、大阪に棲んでいた頃に宝塚市の鉄斎美術館を二度訪れた。鉄斎の画風は北斎を意識していた筈だ。幕末前の日本国で画狂人と意識した絵描きの晩年の境地は恐らく鉄斎にも受け継がれた。もちろん明治から大正、昭和の何人かの優れた画家たちにも。間違いなく大観もその一人だ。北斎の「富士越龍図」を大観は見ていたと思われる。作品と対峙すると北斎晩年の肉筆画は出色の境地を直感する。それは奄美で果てた田中一村の幾つかの作品をも思い起こさせる。

 〝画狂人〟と自認した北斎の境地を大観も一村も自覚していたに違いない。それはまた改めて作品に正面し論じる主題だろうが。小布施は訪れる観光客も多いと聞いた。再び訪れる機会があるかどうか。冥土への土産とするには何回か訪れたいのだが。

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