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2013年6月16日 (日)

ベトナムのヤギ鍋

 午後のテレビでベトナムの食を取材している番組を見る。〝ヤギ鍋〟が夜のホーチミン市の人気料理だという。アカショウビンの父が奄美の料理屋でヤギ汁が大好きだったという話を思い起こした。従兄に訊ねると、一番好きだったのは亡くなった伯父で二番目は彼の兄で、自分が3番目ということだった。アカショウビンの父は、その次くらいかな、と話してくれた。ヤギの肉は臭いを嫌う人が多い。

 先日は東京は神田の飲み屋で知人たちと飲んでいて愛知県出身の編集者が奄美の有名メーカーの焼酎を取材したときに、名瀬の料理屋でヤギ汁を食し評判とは異なる感想をもったことを面白く聞いた。どういう風に夜を過ごしたかは明かさなかったが精力がつくという評判は体感できなかったと語り、皆で笑った。恥ずかしながらアカショウビンは食したことがない。父親の話として従兄から聞いただけだ。

 南国の奄美やベトナムでヤギが共通して食されているというのは面白い話だ。ベトナムは仕事で3~4回訪れたが夜の〝ヤギ鍋〟を食する機会は残念ながらなかった。しかし映像でベトナムの庶民が食を楽しむ姿を見られるのは何とも興味深い。それは東南アジアや中国、韓国にも共通する食文化として欧米に対置する事を可能にすると言ってもよい。奄美はともかく、ベトナムだけでなく東南アジアに共通する庶民の食生活はアジアという概念の何たるかに愚想を喚起する。食は広東にありと言われる。しかしテレビ映像を見ると、食はアジアにあり、である。暑熱のホーチミン市内の野外の料理屋でヤギ鍋を食べる姿はアジアのエネルギーとでも言いたい何事かを想起する。それは、かつてのベトナム戦争の頃をも。

 ところで神田で飲んだ時に同席した知人の雑誌編集者は、数年前に奄美を訪れて蘇鉄の群生林を見た時の印象を、あれは日本ではないね、と述べた。さもありなんと思う。彼は島尾敏雄を知らない。田中一村のことも名前に聞くだけという極く普通の〝日本人〟である。奄美で暮したこともある、もう一人の知人は、そのような感想に異を唱えたが、アカショウビンには、それさえも奄美を知らぬ戯言のように聞き揶揄した。まぁ、酔談の中での妄言の一つと見過ごすに如かず。

 テレビではベトナムの一弦琴ダンバウを女性奏者が演奏している。その響きの、たおやかなこと。アカショウビンはベトナムの前に、やはり仕事で訪れたタイのチェンマイで饗された宴席で見聞した民族音楽を想い起こす。それはアジア風ミュージカル、あるいはオペラの如きものだった。

 ベトナムや東南アジアを再訪する機会は果たしてあるだろうか。しかしベトナムのヤギ鍋は何としても食してみたい。とりあえずは都内でベトナム料理を探してみようか。

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