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2013年4月 4日 (木)

パッションとアパシー

 昨夜、テレビを観ていたらスペインのフラメンコ・レストランにフラメンコ好きの日本人タレントが参加するという趣向の番組をついつい見させられた。その若いタレントは有名らしいがアカショウビンは知らない。しかしスペインのプロの踊り手の踊りと音楽は実に刺激的だ。それは番組の意図を超えて久しぶりにスペイン舞踊と音楽のパッションというものに遭遇した思いだった。

 フラメンコを初めてナマで観聴きしたのは若い頃に転職し金にゆとりが出来た頃だった。新宿の伊勢丹会館にあった「エル・フラメンコ」という生演奏が観聴きできるレストランで学生時代の友人を誘い一緒に食事した。スペイン人風の風貌の共通の友人が、セビリアだかバルセロナで暫く暮したことがあるという話を聞いて、それでは一度ナマを見ようではないか、という動機もあったのかもしれない。それはナカナカの迫力だった。紅毛碧眼の西洋人だけでなく黒髪の男女が或る種の気取りと強烈なパッションを歌と踊りに集中する場は日常と非日常を現出させている場とでも言えるだろう。

 そのような記憶も想起させた番組だった。優れたフラメンコ・ダンサーの身体は人間という生き物が到達する境地と可能性の遥かさを垣間見させられる。それは仕事のマンネリの日常に倦み疲れて殆どアパシーに支配されかけているアカショウビンに禅の一喝のように刺激を与えた。きのうの朝の衛星放送では若い在日韓国人女性のギタリストのリサイタルを録画した放送の再放送をそれとなく見た。そのせいもあろうか、今朝はアンドレア・セゴビアの1930年代の録音を聴いてひととき心安らいだ。こうして書いているBGMはサッチモのヒット曲集のCDなのがアカショウビンの分裂症の発症事例なのかもしれないが。それに恐らくアルツハイマーも加わっていると思われる。このブログは、そのような病が昂じて周囲に迷惑をかける前に未だ正気の頃の思索を綴る目的もあるのだ。

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