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2013年3月13日 (水)

日々雑感

 朝の衛星放送でドレスデンの少年合唱団のボーイ・ソプラノを聴きながら、先日から仕事の合間に読み出した辺見 庸氏(以下、敬称は略させて頂く)の新刊、「国家、人間あるいは狂気についてのノート」(2013年2月10日 毎日新聞社)について何事か書かなければならないと思いながら夕刊で山口昌男の死を知り追悼文を読み、学生時代に山口のトリック・スター論やモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」論を面白く読んだことなどを思いだし今も変わらぬ当時の貧乏生活が想い出された。まったく偶然だが昨日は、そのころ棲んでいた下宿の近くを仕事で訪れた。

 辺見の近刊は書き下ろしの文章は最初の二つと最後の2章で、他は既刊の著作や未発表の文書を編んだものだ。冒頭の文章は昨年亡くなった吉本隆明が感想を述べた三島由紀夫の割腹死への感想を読み違えていたという文章だ。それが面白く勢いで半分ほど読んだのだった。かつて読んだ文章の幾つかを読み直し辺見の現在が現実の政治状況や世相と新たに木霊する。かつて開高 健は全ての書物は既に書かれたと書いていた筈だ。小説家や作家が書いたものは何やら創造といったものというより、あまたある事柄の異なる人々による、ニーチェの言う「等しきものの永劫回帰」ではないのか。しかし個々人は、それぞれの生から何事かを新たに文字にし言葉を発する。それもまたニーチェからすれば等しきものとして括られるものに過ぎないのかもしれない。

 花粉症がまたぞろ発症し「頭重」という症状の中で愚想を巡らす。昨夜はレンタル・DVDでロシアのアレクサンドル・ソクーロフ監督の新作「ファウスト」を途中まで観た。島尾ミホさんを撮った作品で日本にも強い関心を持つ彼が今回はドイツの中世を舞台にドイツ語で拵えた作品だ。それは難解で娯楽映画ではない。それに疲れて昨夜は床に就いたのだった。本日は返却日で新たに借りなければならない。

 テレビはスウェーデンの合唱団が日本語の作品を歌い番組は終了した。

 不眠の夜を少しのウィスキーで凌ぎ、さぁ、これから仕事に出かけねばならない。テレビではフェルメールの「牛乳を注ぐ女」をアニメで描いている。この作品は来日した時に2回通って驚愕した。あれこれ書いておきたい事は積もるばかり。そのうちクタバルだろうがまだ余命を宣告されたわけでもない。しかし、それほど残された時があるわけでもないことは自覚しているつもりだ。

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