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2013年3月19日 (火)

中国について

 辺見 庸氏(以下、敬称は略させて頂く)の『国家、人間あるいは狂気についてのノート』所収の鵜飼 哲との対談で辺見は興味深い中国観を述べている。「吉本隆明さんとどうしても合わないのが中国の話でした」(p173)。口を極めて中国を罵る吉本に対し辺見は「吉本さん、一度でいいから上海に行ってみましょう」と語ったらしい。「正誤善悪と別に事実というものが巨大なものとして厳然としてある。その圧倒的な事実の存在を、吉本さんは身体的な経験としてわかっていないんです」。この話題は、辺見が吉本のヘーゲル、マルクス批判として挙げた「アフリカ的」という概念を引いて、それなら一度くらいアフリカへ行ってみたらいいじゃないですか、と話すと吉本が頭をかきながら「水が変わるとお腹を壊すんだ」というオチがついているのだが。

 それはともかく、辺見の中国論として昨年の著書『死と滅亡のパンセ』では武田泰淳の「滅亡について」が引用されていてアカショウビンも同作を読みあれこれ愚想を重ねた。武田も辺見も中国で何年かを暮らし、その「巨大なもの」を身体的に経験した。辺見は、戦中でさえ日本人は中国に対する敬意のようなものがあったのが現在は失われていると危機感を述べる。

 そして過去の思想家の中で最も注目すべき人物として魯迅を挙げる。それは実に共感できる指摘だ。竹内 好が徴兵された時に書き残したのは『魯迅』である。日本とも深く関わった魯迅の存在は恐らく中国でも日本でも新ためて読むべき人物であろうと思う。竹内逝き、武田逝き、「身体的に」中国とあいまみえた人物はいずこにありや。魯迅の作品を読み直しアカショウビンも中国や人間について改めて愚想を巡らしてみようと思う。

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