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2013年1月16日 (水)

若き詩人の意志と作品

 SNSで交流のある方が一部を引用されておられ久しぶりに読み直した。昨年亡くなられた吉本隆明(以下、敬称は略させて頂く)の定本詩集である。引用の箇所を確認した。その方が引用されているのは次の箇所である。

 >僕は何故生きられないのだろうか イザベル先生の暗示は真実なのだ 僕はその様な相でしか人達の間に現われない<暗い孤立> 如何して人間は大勢でなくては生きられないのだろう。

 ★勁草書房全集の第1巻「定本詩集」(昭和43年12月10日)の「エリアンの手記と詩」の11頁だ。吉本が昭和21年から22年の間に書き、未発表のまま『抒情の論理』に収められた。私は吉本と同じ年頃に、この作品を読み、ここに吉本隆明の出発点がある、と共感した。先の大戦を通過し、その後の生き様を公にした、私の親たちの世代の優れた詩人、批評家の貴重な作品であることを読み直し確信した。吉本の仕事は、その初発から継続されたものと心得る。
 「エリアンの手記と詩」は10章で構成されている。引用の箇所は、若くして、あるいは中年、老兵として戦場で死んでいった同胞たちへの鎮魂と、生き残った者として戦後を生き抜こうと歩みだした一人の若者の決意と覚悟が鮮烈に表現されている。80余年の生涯のなかで毀誉褒貶された経緯は周知の如し。しかし、この詩集には繊細で鋭く、剛毅な詩人の強靭な覚悟が読み取られる。
 主題には「もし誇るべくんば我が弱きところにつきて誇らん」という聖書のコリント書が添えられている。吉本は聖書とマルクスを読み込み戦後の論壇で異彩を放った。その真骨頂は、この詩に凝縮されていると確信する。吉本は私にとって凡百の評論家などではなく一人の詩人として強烈に記憶される。毀誉褒貶はさておく。日常に疲弊する毎日の中で懐かしい、というより新たな問いかけと力を付与された思いだ。日常に、このような詩の何行かを楔のように打ち込むことで娑婆での現世をアカショウビンも生き抜いていかねばならない。

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