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2013年1月22日 (火)

日帰り出張

 業界組合の新年会で山梨県の甲府市へ日帰り出張。曇天で、東京は降雪の予報が出ていたが新宿駅を出た朝の7時には未だ降っていない。先日から歯の治療で歯科医通いで出費は嵩む。貧困サラリーマンにはこたえる。しかしサラリーを頂き仕事で飯を食う日常は中世、近世の僧侶たちの布施で生きる生活からすれば気も紛れ身体にも良い効果があるのかもしれない。もちろん僧侶と言っても様々だ。近世の良寛は晩年の世捨て人のような生活から堕落した禅坊主を批判している。一方、無為徒食の我が身を自嘲する。

 良寛の詩を引き解釈する入矢義高氏の『増補 自己と超越』(岩波書店 2012年)が面白い。昨年読み直した水上勉の『沢庵』に通じる、禅に参じた優れた文章を残した者たちの生き方と論考はこちらの精神を励起させる。歯の治療や身体の不如意で我が身の老いを自覚する日常で心身を活性化させるには刺激的な書物と精神を賦活させる音楽と名人たちの噺は欠かせない。

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2013年1月18日 (金)

朝の愉楽

 朝は午前6時からのBSを見るのが愉楽の時である。当たり外れはあるが、昨朝と今朝は当り。昨日はギターとヴァイオリンのデュオでピアソラのタンゴを堪能。本日はソリスト、コーラスとオルガンだけのモーツァルトのレクイエム。こちらも何とも至福の時間が漲っていた。少し遅れて途中から観聴きしていると何やらコーラスは少しくぐもった厚み。録音のためかもしれないがハーモニーは悪くない。どこの合唱団なのか不明のまま聴いていると外国人と中に日本人らしき人もいらっしゃる。ところが4人のソリストは日本人。これがすばらしかった。指揮者は外国人だが、彼が見事にコーラスとソリストを統一している。多くはオーケストラ入りだが、それをオルガンにしたのが野心というかナカナカな試み。それはともかく主軸となる旋律と響きの本質はこちらにも悦びとなって伝わった。昨年10月に大阪のホールで録画された演奏会であるということだ。あえて合唱団、指揮者、ソリストの名は明かさない。演奏が優れていればそれでよいと思うからだ。正月ボケも抜けた早朝に愉楽の時を過ごせた幸いを言祝ぎたい。

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2013年1月16日 (水)

若き詩人の意志と作品

 SNSで交流のある方が一部を引用されておられ久しぶりに読み直した。昨年亡くなられた吉本隆明(以下、敬称は略させて頂く)の定本詩集である。引用の箇所を確認した。その方が引用されているのは次の箇所である。

 >僕は何故生きられないのだろうか イザベル先生の暗示は真実なのだ 僕はその様な相でしか人達の間に現われない<暗い孤立> 如何して人間は大勢でなくては生きられないのだろう。

 ★勁草書房全集の第1巻「定本詩集」(昭和43年12月10日)の「エリアンの手記と詩」の11頁だ。吉本が昭和21年から22年の間に書き、未発表のまま『抒情の論理』に収められた。私は吉本と同じ年頃に、この作品を読み、ここに吉本隆明の出発点がある、と共感した。先の大戦を通過し、その後の生き様を公にした、私の親たちの世代の優れた詩人、批評家の貴重な作品であることを読み直し確信した。吉本の仕事は、その初発から継続されたものと心得る。
 「エリアンの手記と詩」は10章で構成されている。引用の箇所は、若くして、あるいは中年、老兵として戦場で死んでいった同胞たちへの鎮魂と、生き残った者として戦後を生き抜こうと歩みだした一人の若者の決意と覚悟が鮮烈に表現されている。80余年の生涯のなかで毀誉褒貶された経緯は周知の如し。しかし、この詩集には繊細で鋭く、剛毅な詩人の強靭な覚悟が読み取られる。
 主題には「もし誇るべくんば我が弱きところにつきて誇らん」という聖書のコリント書が添えられている。吉本は聖書とマルクスを読み込み戦後の論壇で異彩を放った。その真骨頂は、この詩に凝縮されていると確信する。吉本は私にとって凡百の評論家などではなく一人の詩人として強烈に記憶される。毀誉褒貶はさておく。日常に疲弊する毎日の中で懐かしい、というより新たな問いかけと力を付与された思いだ。日常に、このような詩の何行かを楔のように打ち込むことで娑婆での現世をアカショウビンも生き抜いていかねばならない。

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2013年1月 6日 (日)

星めぐりの歌

 「あなたへ」(降旗康男監督)の中で宮沢賢治の〝星めぐりの歌〟を久しぶりに聴いた。田中裕子が童謡歌手として、夫の健さんとの思い出の曲として歌うのが心に沁みた。映画の中では歌詞を味わう間もなく進行するのでネットから書き留めておく。

                                  あかいめだまの さそり
                                  ひろげた鷲の  つばさ
                                  あをいめだまの 小いぬ、
                                  ひかりのへびの とぐろ。

                                  オリオンは高く うたひ
                                  つゆとしもとを おとす、
                                  アンドロメダの くもは
                                   さかなのくちの かたち。

                                   大ぐまのあしを きたに
                                   五つのばした  ところ。
                                   小熊のひたいの うへは
                                   そらのめぐりの めあて。

 ★賢治が仰ぎ見た天空の世界が言葉として留められている。そこで何事かが表現される。それは読む者それぞれの感想があるだろう。アカショウビンが中学生のころ親にねだり天体望遠鏡を買ってもらい暫し土星や木星の惑星や星団を眺めていたのを思い出す。賢治が望遠鏡を使ったか知らないが、夜空に詩人は想像力をはたらかせ、此の世と天空の物語を文字に残した。

 映画の中では田中裕子が、それを声にのせ歌う。それが心に沁みた。作品はロード・ムーヴィ仕立てで極上のものとは言いかねる。しかし幾つかのカットには降旗監督やキャメラマンの思いが込められている。高倉 健という俳優を中心に或る何事かが表現されているのは看取した。それはアカショウビンの中で時間と共に変化し熟成するだろう。その貴重を大事にしたい。

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2013年1月 4日 (金)

新年の言祝ぎ

  友人のIさんからの年賀状に「人生の総決算の地平に拡がっていたのは寒風ふきすさぶ不毛の大地でした」と書かれていた。そうであっても新しき年には私たちの限られた生命を吹き込み、新たな生きる力を得たいと思う。

 毎年、新年はウィーン・フィルのニュー・イヤー・コンサートをテレビで観聴きしながら過ごすのがアカショウビンの年始の儀式の如きものだ。ところが今年は、3日まで飲んだくれ深夜映画を観て過ぎた。それで今朝の放送を観ている。昨年に続き、ジュリー・アンドリュースの姿が見えたのは悦ばしい限り。高校生の頃に『サウンド・オブ・ミュージック』を観て以来、アカショウビンのミューズの如き女性だ。

 先日は電器店でベルリン・フィルの映像を観て何やら機械的な演奏に辟易した。しかし、ウィーン・フィルの演奏と奏者の姿を観て心和み楽しませて頂いている。

 Iさん、そうであっても、不毛の大地に新たな種を植えて生命の力を芽吹かせたいものです。アカショウビンも余生の、残りどれくらいあるか知らぬ時を心して過ごしたいと思います。Iさんと共に新たな1年を余力を振り絞り踏み出したいと思います。

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2013年1月 3日 (木)

映画三昧

 大晦日は高倉健特集を観ながら過ごした。昨年は八代亜紀(以下、敬称は略させて頂く)が東京・ブルーノートでライブを歌いアンコールで「舟歌」を歌ったという。ネットや新聞で、それを知り、改めてレンタルDVDで「駅STATION」(降旗康男監督)を観直した。マキノ雅弘の「日本侠客伝」も。大晦日の「駅~」は最後のシーンからだったが、他に幾つかの作品を観ながら朝まで過ごした。「居酒屋兆治」の大原麗子が哀れだった。死に立ち会った、かつての恋人の健さんが葬儀を終えたあと、店の仕事に戻り、歯を食いしばり絞りだして発する「元気出して行こうぜ」の一言が身に沁みた。

 本日は新作「あなたへ」を劇場で観てきた。「居酒屋~」で酔った友人の伊丹十三に抵抗もせず殴られ続けた健さんが最後に伊丹の暴言に怒り腹を殴り入院させる。警察沙汰になり、事情聴取にあたった警察官が、高校野球の期待の投手だった健さんに、この拳を、そのように使ってはいけないよ、だって、あなたは私たちの希望の星だったのだから、と説く。その健さんの拳が80歳を越えた「あなたへ」でクローズアップにされる。それは老いの苛酷を表している。それをキャメラは苛酷に捉える。改めて稀代の俳優の現在を垣間見た。

 田中裕子との夫婦役は「ホタル」以来だ。田中の歌も初めて聞いた。それだけでも新作を観て好かった。生の哀歓は斯くの如し。時に日常の仕事に倦み疲れる。しかし気合を入れ直し新しい年に臨みたい。

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