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2012年12月23日 (日)

存在へと身を開き‐そこへと出で立つ

 日々の仕事の遣り取りで怒り呆れ倦み疲れた精神を励起させるには次のような思索と文章に没頭することである。

 世界内存在とは、人間を天上的でない世俗的なものとして捉えることではなく、「存在へと身を開き‐そこへと出で立つありかた」において捉えることである。「『ヒューマニズム』について」(ハイデガー著 ちくま学芸文庫 p105 1997年 渡邊二郎訳)

 戦後のハイデガーの思索の根幹がフランス人、ジャン・ボーフレ氏との往復書簡の中で言葉を尽くして展開されている。1947年の出版に至る経緯は紆余曲折があったものと推察される。戦後に広く流通し現在もその頃と殆ど変わらないだろう「ヒューマニズム」という術語にハイデガーは反発し語の本来の意味するところを説く。そこで費やされる言葉の奥にハイデガーが見据えている存在という語の奥行きが直感される。それは未だに継続されなければならない思考と思索だ。敗戦国のドイツ人が戦勝国のフランス人の質疑に実直に応答している。主著「存在と時間」以後も継続されているハイデガーの思索が実に興味深いではないか。このような思索を読み直し日常の通俗から脱却し生きる力を湧き起こすのだ。

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