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2012年9月 9日 (日)

縁とは?

 日帰りで関西へお通夜に。午前中、目黒で仕事を済ませ昼過ぎに品川から新幹線に乗り午後3時6分新大阪着。弟のマンションに立ち寄るつもりだった。ところが間に合いそうもないので直行する。梅田で阪急に乗り換える。大阪駅が様変わりしている。大阪に棲んでいた時は工事中だった伊勢丹が完成し駅も実に広々とした空間が出現していた。2年ぶりの梅田から宝塚行きの特急に乗る。「清荒神」駅から鉄斎美術館に行くため乗ったことを懐かしく想い出した。

 故人と最後にお会いしたのは7~8年前になるか。大阪で会議があった時に久しぶりにお会いした。その後、会社を退かれ、悠々自適の老後と推察していた。会社を辞めるときに挨拶すべきだったが失礼した。元の会社に復職し会う機会があるだろうと思っていた矢先の訃報だった。成人したお孫さんたちとも会えた。前社長ともお会いした。最近は囲碁を楽しんでいると言う。悠々自適ですね、と言うと、そうでもないが、と応えたが昔と変わらぬ飄々とした風情に会えたことが幸いだった。お通夜からトンボ帰りで新幹線に。或る縁から携帯した文庫本は水上勉の『沢庵』(1986年)。1997年、文庫になったものを再読している。若い頃にアカショウビンが親しんだ沢庵は吉川英治の『宮本武蔵』と内田吐夢監督の同作で三國連太郎さんが演じた沢庵だった。しかし寺の小僧だった水上勉が長じて書いた『沢庵』は史実を辿り、この〝清貧〟の禅僧の実像に迫る。

 故人は腹部の大動脈瘤破裂で直ぐに入院、5時間余の手術だったようだ。夕方の6時に倒れ翌朝9時過ぎに亡くなったと聞いた。享年82歳。アカショウビンの母は1年半の闘病の末の死だった。それは経済的に困窮していたとはいえ親子で覚悟の時がもてた。或る人の言葉を借りれば「戦士の死」だった。父の盛大な葬儀とは異なり質素な内輪だけの葬儀しか出来なかった。それを幾らか後悔はしている。しかし今生での縁の起承転結はつけたつもりだ。本日の故人の場合、遺族はアカショウビンの母の死からすれば覚悟の時間は短かったといえる。しかし、それは長短の問題ではないだろう。奇妙な言い方をすれば、縁が究極する時、とでも言おうか。それは物理学的、生物学的な時間を超えたものと確信する。此の世の縁の何たるかが瞬時に了解される。そこでまたまた繰り返し人間存在の不可思議さに立ち戻り愚考を重ね問いを出し応え、答える。そのような愚想の時を持てた縁に心から感謝し哀悼の意を表する。

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